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ロンゴ ロンゴ Longo, Alessandro

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロンゴ
ロンゴ
Longo, Alessandro

[生]1864.12.30. アマンテア
[没]1945.11.3. ナポリ
イタリアピアノ奏者。ナポリ音楽院でピアノを学び,1887年以降同院教授。雑誌『ピアノ芸術』を刊行したり,作曲にもたずさわったが,D.スカルラッティの鍵盤楽曲の校訂出版 (10巻,補遺1巻,ロンゴ番号の典拠) が特に有名。

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ロンゴ
ロンゴ
Longo, Luigi

[生]1900.3.15. アレッサンドリアモンフェラート
[没]1980.10.16. ローマ郊外
イタリアの政治家。 1921年大学在学中にイタリア共産党創設に参加,共産主義青年同盟中央委員。 22年第4回,28年第6回コミンテルン大会代表。 23~24年入獄。 32~34年モスクワに亡命。

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百科事典マイペディアの解説

ロンゴ

イタリアの政治家。スペイン内乱に際し,国際義勇軍の政治委員として参加。第2次大戦中に対独抵抗運動で指導的役割を果たし,1946年イタリア共産党副書記長,1964年―1972年書記長,1972年から議長。

ロンゴ

ニュー・ペインティングが話題を沸騰させた時期に,画家として出発した米国の美術家ブルックリン生れ。1979年―1982年に制作した《メン・イン・ザ・シティーズ(都会の人々)》シリーズで知られる。
→関連項目ビデオ・アート

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロンゴ
ろんご
Luigi Longo
(1900―1980)

イタリアの政治家。1921年共産党結成大会に参加し、その後1928年まで主として青年共産同盟を指導。1926年の第3回党大会で中央委員に選ばれ、同年モスクワに派遣され、以後国外党指導部に参加する。ファシズム打倒とプロレタリア独裁樹立の間に中間段階を設けるリヨンテーゼ(第3回大会)に批判的であり、1929年以後のコミンテルン路線に沿って党の路線転換(1930)を推進。1936年スペイン内戦に参加し「国際旅団」の政治委員となる。スペイン共和国の崩壊後フランスで逮捕され(1939)、イタリア当局に引き渡されたが、ファシズムの崩壊とともに釈放され(1943)、パルチザン組織「ガリバルディ旅団」の総司令官、ならびに「祖国解放義勇軍」の副司令官としてレジスタンスで指導的役割を果たした。解放後の1946年以降、党の副書記長、P・トリアッティ死後の1964年以降、書記長と一貫して指導部の地位を保持したが、レジスタンスの時代から構造改革論、いわゆる「社会主義へのイタリアの道」には批判的で、国民的党の観点より階級的観点を重視する傾向があった。1972年に書記長をベルリングエルに譲り、委員長に就任した。[重岡保郎]
『河野穣著『イタリア共産党史(1921―1943)』(1980・新評論) ▽伊藤昭一郎著『イタリア共産党史(1943―1979)』(1980・新評論)』

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