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ローリンソン ローリンソン Rawlinson, Sir Henry Creswicke

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ローリンソン
ローリンソン
Rawlinson, Sir Henry Creswicke

[生]1810.4.11. オックスフォードシャー,チャドリントン
[没]1895.3.5. ロンドン
イギリスの軍人,考古学者。ビーシトゥーン (ベヒストゥーン) の碑文の解読者として知られる。 1827年イギリス東インド会社の士官としてインドに赴任。 1833年からペルシアに行き,太守の軍制改革に従事。

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ローリンソン
ローリンソン
Rawlinson, Henry Seymour, 1st Baron Rawlinson

[生]1864.2.20. ドーセット,トレントマナー
[没]1925.3.28. デリー
イギリスの軍人,将軍。 H.C.ローリンソンの子。初代ローリンソン男爵。 1884年近衛ライフル部隊に入り,ビルマ (1886~87) ,ナイル (98) 両作戦に参加。次いで南アフリカ戦争 (99~1902) に功を立てた。

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デジタル大辞泉の解説

ローリンソン(Henry Creswicke Rawlinson)

[1810~1895]英国の軍人・外交官・歴史学者。古代オリエント楔形(くさびがた)文字を解読、「アッシリア学の父」とよばれる。著「西アジア楔形文字刻文」など。

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百科事典マイペディアの解説

ローリンソン

英国のアッシリア学者,外交官。軍人として東インド会社に入り,インド,イランに赴任。古代ペルシア文化に興味をもち,1837年―1847年ビストゥンの碑文を筆写・研究。
→関連項目楔形文字

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世界大百科事典 第2版の解説

ローリンソン【Henry Creswicke Rawlinson】

1810‐95
イギリスのアッシリア学者。17歳で士官候補生として東インド会社に入りインドに赴任。6年後少佐となってイランに転任した。軍務のかたわら古代ペルシアに対する興味を深めていた彼は,1837,44,47年の3回にわたってビストゥンの断崖に刻まれた,未解読のダレイオス1世(大王)の3ヵ国語の碑文を危険を冒して正確に写しとり,古代ペルシア語部分の翻字,翻訳,注解を《王立アジア協会雑誌》に発表(1846以降),グローテフェントの解読を数歩進めてペルシア語文献理解の道に踏み入り,またアッカド語部分の解読にも一部成功した(1850)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ローリンソン
ろーりんそん
Sir Henry Creswicke Rawlinson
(1810―1895)

イギリスのオリエント学者、外交官、政治家。オックスフォードシャー生まれる。16歳で東インド会社に入り、インド、ペルシア、トルコで軍人、政治家として過ごしつつ東方諸語や歴史を学び、とりわけ古代ペルシア刻文に興味をもった。イランのビストゥンベヒスタン)にある古代ペルシア王ダリウス1世の3か国語岩壁刻文を二度にわたり危険を侵して写し取り、これを研究し、まず古代ペルシア楔形(くさびがた)文字をほぼ正しく解読した。ついでシュメール・アッカド楔形文字、およびこれで記されたバビロニア語を研究し、かなりの成果をあげた(ともに1850年前後)。1857年にはこの文字の解読コンテストが行われ、解読が一般に認められた。ビストゥン刻文研究は1846年に刊行されたが、61~84年に公にされた『西アジア楔形文字刻文』5巻は記念碑的労作となった。58年以降、国会議員、駐ペルシア大使、インド帝国政府高官を歴任した。[矢島文夫]

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世界大百科事典内のローリンソンの言及

【アッシリア学】より

…発見された2万2000個の粘土板は大英博物館に移管され逐次刊行されてきている。 1846年にビストゥンやペルセポリスの3ヵ国語碑文のうち古代ペルシア語碑文(第1種碑文)がローリンソンによって解読されると学者の目は次いでバビロニア語碑文(第3種碑文)に向けられた。この碑文は文字数の多いことからまず音節文字であることが予測され,多くの状況証拠はこの言語がセム系言語であることを示唆していた。…

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