ワラビ(英語表記)bracken
Pteridium aquilinum(L.)Kuhn var.latiusculum (Desv.) Underw.

改訂新版 世界大百科事典 「ワラビ」の意味・わかりやすい解説

ワラビ (蕨)
bracken
Pteridium aquilinum(L.)Kuhn var.latiusculum (Desv.) Underw.

広義にはシダと同義とされるが,狭義には酸性にかたよったひなたの斜面や松林などにみられるコバノイシカグマ科の夏緑性草本をいう。春の初めに若芽を摘んで食用にするのは日本の古くからの習わしで,現在でも山菜の代表の一つである。根茎は地下深くを長く横走するので,斜面が焼かれても生きており,焼畑などでも早くから芽を伸ばしてくる。根茎からデンプンを取って作ったのがワラビ餅であるが,最近のワラビ餅はジャガイモなどのデンプンを使っている。葉柄は長いものでは1m近くになり,長い地下部は暗色で,褐色の毛をやや密につける。葉面は広卵状三角形,2~3回羽状に分岐し,長さ1mをこえることがある。葉の裏面には軟らかい毛がある。最終裂片は長楕円形,鈍頭,辺縁は全縁で,少し裏に巻く。葉脈は叉(さ)状に2~3回分岐し,その脈端を連ねて葉縁を走る脈上に胞子囊がつく。葉縁に位置する胞子囊群は偽包膜と真の包膜とにはさまれている。

 ワラビ属Pteridiumは1種2亜種5~6変種に分類されるが,2亜種を独立の種として扱う場合もある。種としては全世界に広く分布しており,日本の変種は北アメリカからヨーロッパ,東アジアでは中国南部から台湾にまで知られている。地味の悪い乾いたところで群生することが多く,牧草地では家畜の食べ残したワラビが山野を一面に埋める。《嵐が丘》の舞台になった北イングランドでは,冬に一面に赤褐色に丘を染めるのもワラビの枯葉である。家畜は,野原ではワラビを食べない。刈って牧草とすれば食べるが,ワラビを食べる家畜には膀胱癌が多発することが知られている。食用にするときには,十分にあく出しをする。
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ワラビは春の代表的な山菜で,古くはゼンマイ(薇)も含めてワラビと総称した。《万葉集》にも〈……早蕨のもえいづる春になりにけるかも〉と詠まれ,春の到来を告げる若菜とされ,〈やまねぐさ〉ともいわれた。ワラビは汁の実やお浸しにして食べるほか,塩漬や干しワラビにして保存食料とした。またワラビの根を掘ってデンプンを取り,ワラビ餅にしたり,傘やちょうちんをはるのりの材料とした。このワラビ粉はハナとよばれ,飢饉の際の食料ともされた。ワラビ粉ののりは水に強く虫にも食われないので重宝され,また粉を取ったあとの根茎から作った縄も水に強く耐久力がある。ワラビはあくが強いためか,古傷をおこすとか血を荒らすとされ,宮城県ではワラビを食べると病気になる,目や痔(じ)を悪くする,婦人病になる,流産するなどといわれた。一方で,干したワラビは火傷,血止め,脚気しもやけ,おこり,喘息(ぜんそく),風邪,頭痛などの民間薬として使われている。また秋田県角館地方では,ワラビをホダといい,蛇にかまれたときにホダをもんで傷口につけると治るという。昼寝中の蛇をチガヤ(茅)がさし貫いて苦しめたときに,ワラビが柔らかい若芽で持ち上げて助けたという昔話や伝説も広く分布し,これに関連して蛇よけに,仏教のアビラオンケンソワカという真言のなまったものと思われる〈蕨の恩を忘れたか〉という呪文(じゆもん)がある。治療だけでなく,ワラビの汁を手足にぬっておけば蛇にかまれないといわれる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワラビ」の意味・わかりやすい解説

ワラビ
わらび / 蕨
[学] Pteridium aquilinum (L.) Kuhn

イノモトソウ科の夏緑性シダ。暖地では越冬することもある。根茎は分枝して長く地中をはい、まばらに3回羽状分裂の葉を出す。葉は高さ2メートルに達するものもあり、葉身は三角形で薄い革質、表面にややつやがある。裂片は先の丸い長楕円(ちょうだえん)形で、辺縁が内側に巻いて膜質の偽包膜(ぎほうまく)となり、これが縁に沿って一線に並ぶ胞子嚢(ほうしのう)群を覆う。ワラビは各地にもっとも普通にみられ、全世界に広く分布する汎(はん)分布種の一つである。

 シダの若芽を「わらび巻き」というように、日本ではワラビはシダの代名詞とされることもある。外国では、中国語の「蕨」はシダを意味し、逆に英語のfern(シダ)が詩などに用いられるときは、普通、ワラビをさす。ワラビの若芽はゼンマイ同様食用となり、栽培もされるが、近年は東南アジア方面からの輸入品もある。葉に含まれるあくは、はっきりした成分解析はなされていないが、ビタミンB1を破壊するアノイリナーゼなどを含むため、多量に食べると胃壁の出血や貧血症状をおこすといわれる。放牧地では家畜が食べ残すので、しばしば大群落をつくる。

[西田治文]

文化史

中尾佐助が提唱した照葉樹林文化の構成要素として、あく抜きの水さらし技術があり、ワラビもその対象植物とされる。ただし、ワラビは樹林下では育たず、照葉樹林を破壊したあとの明るい草原に繁茂する。わらび粉は、中国でも飢饉(ききん)の際の非常食とされた。ワラビの若芽は周・秦(しん)の時代から食用にされ、日本でも利用は古い。『続修東大寺正倉院文集』には、大仏建立のおり、人夫に雑菜としてワラビを5296把(わ)購入した記録がある。6世紀の『斉民要術(せいみんようじゅつ)』には、ワラビの粕(かす)漬けや塩酢(しおす)漬け、ゆでたあとの干しわらびが記述され、平安時代の『延喜式(えんぎしき)』(927)にも、塩漬けわらびが載る。春のわらび摘みは、古くから人々の関心が深く、『源氏物語』に「早蕨(さわらび)の巻」があり、「君にとてあまたの春をつみしかば常を忘れぬ初わらびなり」の歌が詠まれている。ワラビは食用以外に中国では織物に使い、日本でもわらび縄をなった。わらび縄は雨に強く、垣の結束に使った。中国では陶器のひび割れ防止に、ワラビの茎を焼いて灰にし、粘土に混ぜた。著名な景徳鎮の焼物はその方法がとられたと記録されている(『植物名実図考長編』)。

 ワラビの発癌性(はつがんせい)は、1965年イギリスのエバンス博士I. A. Evansによって実証されたが、発癌成分の配糖体プタキロシドptaquilosideはあく抜きで消失する。

[湯浅浩史]


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食の医学館 「ワラビ」の解説

ワラビ

《栄養と働き&調理のポイント》


 山野に自生していますが、出回っているものは栽培種です。野生種を摘むときは、葉が開く前か、開きかけているものを選びます。
○栄養成分としての働き
 含まれる栄養成分には、カロテンやカリウムなどがあります。
 食物繊維も比較的多く、便秘(べんぴ)改善に効果的です。
 ワラビに重曹(じゅうそう)か木炭の炭をかけ、沸騰(ふっとう)した湯をまわしかけます。次に重石をおいて5~6時間おき、空気にさらさないようにします。その後流水にさらします。ワラビ1kgに対して重曹は小さじ1くらいです。アクの抜けたワラビはゆでて、和えものやおひたし、煮もの、汁ものなどに使います。
 ワラビはビタミンB1分解酵素を含み、アクも強いので、念入りにアク抜きするのがコツです。
 生のまま塩漬けにしたり、ゆでて天日干しにすると保存食として利用できます。
 生ワラビを乾燥させた干しワラビは、ビタミンCはなくなってしまいますが、カリウムの含有量が100g中3200mgと格段にふえます。ただ、ワラビはふつう少ししか食べられませんので、カリウムの効果はそう期待できません。

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百科事典マイペディア 「ワラビ」の意味・わかりやすい解説

ワラビ

コバノイシカグマ科の夏緑性シダ。ほとんど全世界に分布し,野原など,やや明るい所に多い。径約1cmの地下茎が地中やや深い所を長くのび,まばらに葉が出る。葉は長さ1m内外となり,葉面は五角状卵形で,3回羽状複葉,細い毛があり,胞子嚢は葉縁に沿って列になってつく。春まだ開ききらない若葉を食用とする。
→関連項目シダ(羊歯)植物

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワラビ」の意味・わかりやすい解説

ワラビ(蕨)
ワラビ
Pteridium aquilinum; bracken

コバノイシカグマ科の夏緑性シダ植物。世界各地の温帯に分布し,日当たりのよい草地に生える。数mに長く伸びた根茎は分岐し,その先から若芽を出す。葉は高さ 1.5mくらいに達し,褐色の毛が少しある。展開すると三回羽状に分かれた葉となり,全体の形は長三角形で,質はやや硬く光沢がある。若芽をゆで,水にさらしてから食用とする。茎は摘むとすぐ折れて,太く,粘液の出るものが上質である。地下茎からはデンプン(蕨粉)をとり,蕨餅などにする。

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栄養・生化学辞典 「ワラビ」の解説

ワラビ

 [Pteridium aquilinum].真正シダ目コバノイシカグマ科ワラビ属の多年生のシダ植物.春から初夏にかけて地下茎から生じる若い長柄を採取して食用にする.

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世界大百科事典(旧版)内のワラビの言及

【シダ植物(羊歯植物)】より

…また,岩上生のものには基質の岩石の種類に左右されるものがあり,イチョウシダやクロガネシダのように典型的な石灰岩植物が知られている。
[利用]
 ワラビ,ゼンマイ,ツクシなどが食用に供されるのは日本だけで,メシダ類やミズワラビなどを食べるところもある。クサソテツの若芽もコゴミといって日本では食べられるが,アメリカでも地方によって食用に供するところがあるようである。…

【有毒植物】より

…バラ科のアンズ,ウメ,モモなどの種子はアミグダリン,マメ科のライマメ,イネ科植物などはリナマリンなどの青酸配糖体を含有し,腸内細菌の働きで青酸を遊離する結果,チトクロム酸化酵素の活性を阻害し呼吸を止めてしまう。 以上のような有毒植物に対しワラビのプタキロサイドやソテツのサイカシンなどにはいずれも,長期の摂取による発癌性が認められている。ヒガンバナなどリコリンやシュウ酸を含む植物と同様に,水にさらせば無毒化する。…

※「ワラビ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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