日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワーキングプア」の意味・わかりやすい解説
ワーキングプア
わーきんぐぷあ
働いて収入を得ているものの、収入水準が低く生活していくことが困難である労働者のこと。どの労働者でも仕事をすれば、なにがしかの収入を手に入れることができ、その収入を利用して生活していくことができる。日本では長期間にわたって、多くの企業で賃金制度が年功賃金の考え方で運営されてきたが、この賃金制度の下では、労働者の賃金は年齢や勤続年数が高まると増加する仕組みとなっている。20歳前後の若いときには賃金は低いものの、扶養する家族もいないし、支出もそれほど多くならないから生活に困ることはあまりない。30歳前後となると賃金がある程度高まるから結婚して世帯を形成することも可能となる。また、家族が増えれば家族手当や住宅手当が支給されるから生活が支えられ、さらに年齢が高まると賃金が上昇して教育費や住宅ローンの支払いも可能となるようになっていた。
年功賃金は以上の説明からわかるように生活保障的賃金でもあった。このような賃金制度が長らく続いてきて、多くの労働者の生活を安定させてきたのである。賃金制度はかなり変化してきているが、年功賃金の考え方は依然として多くの企業の賃金制度のなかに色濃く残っている。
以上述べてきた賃金制度の対象は、あくまでも正社員である。正社員には月給に加えて年2回の賞与が支給されるのも一般的である。正社員が労働者のほとんどを占める時代には、賃金には多少の不満もあったであろうが、生活できる賃金が労働者の大半に支給されていた。
しかし非正社員が1990年代以降に急増し、その数は2005年(平成17)前後には労働者の3分の1を占めるまでに至った。非正社員の賃金決定においては、年功賃金の考え方はなく、仕事の内容に応じた賃金であり、しかも賞与が支給されないケースもたいへん多い。非正社員のなかには賃金の高い専門的な業務を行う人もいるが、圧倒的多数は賃金の低い単純な労働に従事している。しかも企業は非正社員については長期雇用を考えていないから、教育したりいろいろな業務を担当させたりして職業能力を高めていこうとは考えていない。職業能力が高まらないから、いつまでも単純労働を行うこととなり賃金も高まらない。
非正社員でも、多くの主婦パートタイマーのように夫とともに生活していて家計補助的に働く場合には、夫婦合計の収入水準は一定水準以上となるから、大多数は貧しい生活状態にはない。また、アルバイトやフリーターとして働く年齢の若い非正社員は両親といっしょに生活したりして生活に困ることは少ない。しかし非正社員でも年齢が高まり、親から独立して生活するようになると、生活費は増加するが収入は低賃金のままであるから生活が苦しくなる。結婚して家族をもつようになると、ますます苦しい生活となる。このように働いても貧しい生活をしている労働者のことをワーキングプアworking poorと称している。
ワーキングプアは昔から存在していたが、その数も少なく社会的には大きな問題とはならなかった。しかしアルバイト、フリーター、派遣社員、契約社員というようなタイプの非正社員の急増によりワーキングプアが増加して、社会的に看過できない事態に至り、ワーキングプア問題が注目されるようになったのである。ワーキングプアを可能な限り少なくするために、労働政策や社会保障政策の充実が求められている。
[笹島芳雄]
『NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班編『ワーキングプア解決への道』(2008・ポプラ社)』▽『大山典宏著『生活保護vsワーキングプア――若者に広がる貧困』(PHP新書)』▽『岩田正美著『現代の貧困――ワーキングプア/ホームレス/生活保護』(ちくま新書)』