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三河物語 みかわものがたり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三河物語
みかわものがたり

江戸時代初期の徳川氏譜代武士団の生活思想を示す文献。大久保彦左衛門著。3巻。元和8 (1622) 年頃成立。子孫への教訓のために書き残したもの。文体はかな交り文。不遇に対する不満をこめて,主家と自家の歴史を記し,一族の武功を語っている。上巻は徳川氏の出自,初代親氏から8代広忠までを記し,中巻は元康 (家康) の登場,下巻は武田信玄戦,武田勝頼戦,甲斐信濃の平定,豊臣秀吉との交渉,関ヶ原陣と大坂陣の旗奉行の行動に対する大久保の意見,大久保家子孫への教訓が記され,各巻の終りに門外不出と追記されている。

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デジタル大辞泉の解説

みかわものがたり〔みかはものがたり〕【三河物語】

江戸前期の自伝。3巻。大久保彦左衛門忠教(ただたか)著。元和8年(1622)成立。主家徳川氏と大久保一族の来歴を、子孫への教戒のために覚書ふうに記したもの。

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百科事典マイペディアの解説

三河物語【みかわものがたり】

《大久保彦左衛門筆記》《大久保忠教自記》《三河記》とも。徳川家康秀忠・家光の3代に仕えた大久保彦左衛門忠教が子孫に書き残した著。3巻。1622年成立と考えられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

みかわものがたり【三河物語】

江戸幕府の旗本大久保彦左衛門忠教が子孫に書き残した自伝。上中下の3巻から成る。松平氏の発祥から徳川家康が天下をとり東照権現としてまつられるまでの過程で,大久保一族の忠勤と自身の活躍を述べたもの。とくに彦左衛門16歳の初陣以降の叙述は,名文ではないが具体的で臨場感にあふれている。本家大久保忠隣(ただちか)の改易以来,主君から冷遇されていた大久保一族の不遇をなげきながらも,将軍への忠勤を子孫に説くなど,当時の武士の思想や世界観を知る上での好史料である。

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大辞林 第三版の解説

みかわものがたり【三河物語】

自叙伝。三巻。大久保彦左衛門忠教ただたか著。1622~26年頃成立。天下統一に至る徳川家康の事績を中心に、大久保一族の武功を述べ、子孫に対して教訓を与えたもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三河物語
みかわものがたり

江戸前期の旗本大久保忠教(ただたか)(彦左衛門)の自伝。三巻三冊。『大久保彦左衛門筆記』『参州記』などともいう。1622年(元和8)に草稿が成立。上巻は家康の父広忠(ひろただ)までの徳川氏の事績、中巻・下巻は家康が三河、遠江(とおとうみ)、駿河(するが)、甲斐(かい)、信濃(しなの)の五か国大名となる過程と、大久保氏の功績が述べられている。下巻には子孫への教訓が記されており、そのなかで、徳川氏創業に功労のあった譜代(ふだい)家臣が重んじられていないと批判している。『武士道全集八』『家康史料集――戦国史料叢書(そうしょ)』『日本思想大系26』に所収。[煎本増夫]
『斎木一馬他編『日本思想大系26 三河物語・葉隠』(1974・岩波書店)』

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世界大百科事典内の三河物語の言及

【覚書】より

…戦国時代や安土桃山・江戸時代初期に多く記録されている。聞書,留書,置文,書上などの形をとることが多いが(《渡辺勘兵衛武功覚書》など),現在はむしろ文学作品として扱われている覚書も多い(《信長公記》《三河物語》など)。筆者には,文筆に秀でた御伽衆(おとぎしゆう)などの武士が多い。…

※「三河物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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