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三渓園 さんけいえん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三渓園
さんけいえん

横浜市中区本牧 (ほんもく) 三之谷にある日本式庭園。面積 19万m2。三渓と号した豪商原富太郎が,明治末期から大正末期にかけて造った名園。台地が断崖になって東京湾にのぞむ地にあり,外苑と内苑から成る。三渓はここをみずからの住いとし,ここに日本各地のすぐれた建物を収集,庭の景色と地形に調和させて配置した。それらは室町時代の灯明寺三重塔,江戸時代初期の臨春閣や聴秋閣など,いずれも重要文化財レベルの質の高さを誇る。三渓生前から外苑は一般に公開されていたが,第2次世界大戦後,三渓園保勝会の所有となり,内苑も一般に公開されている。

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デジタル大辞泉の解説

さんけい‐えん〔‐ヱン〕【三渓園】

横浜市中区本牧にある日本式庭園。三渓と号した明治時代の実業家、原富太郎が築造。臨春閣など、重要文化財に指定された建造物が多い。

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百科事典マイペディアの解説

三渓園【さんけいえん】

横浜市中区本牧の三ノ谷にある日本庭園で,もとは実業家原富太郎〔1868-1939〕がつくったものを1906年から公開。数寄屋書院造の臨春閣,簡素な書院造の月華殿,有楽好みの茶室春草廬,旧東慶寺仏殿等がある。
→関連項目中[区]本牧横浜[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

さんけいえん【三渓園】

横浜市中区本牧三ノ谷に所在する庭園。本牧海岸には三つの谷があり,西から3番目の谷を中心として19haの広さをもつ。地域内もいくつかの谷が刻まれ,この自然の山と谷を生かして,低地に池を掘り中島をきずくものの,人工の目立たない庭園である。横浜を中心に活躍した実業家また美術収集家,茶人でもあった原富太郎(号は三渓,1868‐1939)がつくったもので,外苑と内苑に分かれ,内苑には旧紀州徳川家別業の臨春閣,二階楼閣をもつ聴秋閣,茶室春草蘆等の三渓の収集になる重要文化財建築がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三渓園
さんけいえん

横浜市中区本牧(ほんもく)三之谷にある大庭園。横浜の実業家原富太郎(号三渓。1868―1939)が1905年(明治38)に築造した。翌年から一般に公開され、1953年(昭和28)からは財団法人三渓園保勝会の手に移され、年末を除いて公開されている。
 海岸に近い、自然の山や谷の地形を利用してつくられた約5万8000坪(約19万1400平方メートル)の日本庭園で、海景を取り入れた自然式総合庭園。左右に池泉と丘、正面に三重塔が見えるよう地割され、明治から大正にかけて関西や鎌倉から移した建造物を巧みに配置する。室町時代の旧燈明寺(とうみょうじ)三重塔、桃山時代の伏見(ふしみ)城遺構・月華殿、江戸初期の徳川家別邸・臨春閣、二条城にあった聴秋閣、織田有楽(うらく)の茶室・春草廬(しゅんそうろ)、さらに飛騨(ひだ)の合掌造の民家・旧矢箆原(やのはら)家住宅など(いずれも国の重要文化財)がある。国指定名勝。[重森完途]

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世界大百科事典内の三渓園の言及

【コレクション】より

…益田と同様なコレクションを築いた原富太郎(三渓,1868‐1939)は横浜の生糸貿易商で,また茶人として知られた。益田,原ともにその没後,コレクションは四散したが,原の収集した室町期から江戸初期にわたる古建築は,横浜市の三渓園にそのまま残されている。根津嘉一郎(1860‐1940)は東武鉄道などを経営した実業家で,茶道具,古書画,中国古銅器,仏像等の収集が知られる。…

※「三渓園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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