書院造(読み)ショインヅクリ

デジタル大辞泉 「書院造」の意味・読み・例文・類語

しょいん‐づくり〔シヨヰン‐〕【書院造(り)】

室町時代に始まり桃山時代に完成した武家住宅の様式。基本として座敷に、床の間違い棚つけ書院帳台構えを設備するもの。銀閣寺慈照寺)の足利義政の書斎であった東求堂同仁斎は、ほぼその形式が整った現存最古の例。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「書院造」の意味・わかりやすい解説

書院造
しょいんづくり

近世初期に完成した和風住宅様式。平安時代に公家(くげ)の住宅様式であった寝殿造が、武家台頭によって武家住宅にも取り入れられ、時代が進むにつれて変化して、室町時代末から桃山時代にかけて書院造として大成した。

 足利義満(あしかがよしみつ)が1378年(天授4・永和4)に造営した彼の住宅である花御所室町殿は、寝殿が公的な行事を行う場所で、二棟廊(ふたむねろう)、中門廊、中門があって、将軍家も大臣家の伝統的住居の形態を踏襲している。そして遊興など社交的な会合のために会所(かいしょ)が別に設けられた。やがて代々の将軍家では会所内を飾るようになり、付(つけ)書院や違い棚が造り付けられ、そこには文具や食籠(じきろう)、茶具などが置かれ、また、押板(おしいた)がつけられて画幅、花瓶香炉などが飾られるようになった。押板、違棚、付書院に飾られる置物は唐絵(からえ)、唐物(からもの)が珍重された。こうして、足利義政(よしまさ)のころからは座敷飾りが定着した。そして桃山時代になって武将の邸宅にも応用され、近世武家大名の邸宅では建物の規模が大きくなるとともに、建物内の座敷飾りも床(とこ)、棚、書院、帳台構(ちょうだいがまえ)と発展して豪華になる。初期の座敷飾りとしては慈照寺(銀閣寺)東求堂(とうぐどう)の同仁斎(どうじんさい)の付書院や違い棚が有名である。

 桃山時代の工匠伝書である『匠明(しょうめい)』によれば、書院造の標準的な大名邸宅の建物配置は、御成門(おなりもん)、広間、能舞台、御殿、書院、茶室からなる接客部分と、棟門(むねかど)、玄関、遠侍(とおざむらい)、式台、対面所、御寝間(ぎょしんのま)、書院からなる居住部分に分かれて配置された。このほか台所・局(つぼね)・御上(おかみ)方の奥向きの部分があり、敷地周囲には長大な長屋門が巡っていた。このうち広間は主殿ともよばれ、その平面をみると、上段のある座敷と次の間の前面には広縁と寝殿造の中門廊の名残(なごり)の中門がつき、上段には書院、大床(おおとこ)、違い棚があり、上段脇(わき)に納戸(なんど)が配されている。このような平面に類似する建物には園城寺(おんじょうじ)光浄院客殿、同勧学院客殿がある。居住部分の建物の配置に類似するものには、二条城二の丸御殿がある。

 書院造による主室の座敷飾りの一つである帳台構は納戸構とよばれる。もともと民家の寝室の構えを豪華にしたもので、武家住宅では武者隠しとしても用いられた。

 書院造の座敷飾りは社寺の客殿にも取り入れられ、江戸時代中期からは農家や町家の客室にも及んだ。座敷も主室だけでなく、次の間にも床を設けるようになり、盛んとなる。座敷の配置も主室、次の間、三の間をかぎ形に並べる鍵(かぎ)座敷も出現する。襖(ふすま)にも墨絵あるいは金碧画(きんぺきが)を描いて華麗にし、襖の上には種々の欄間(らんま)を設けて趣向を凝らすようになった。書院造は江戸時代を通じて和風住宅の基本的な座敷飾りとして床、棚、書院を後世に伝えた。

[工藤圭章]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「書院造」の意味・わかりやすい解説

書院造
しょいんづくり

近世における上流階級の住宅様式で,寝殿造から発展して桃山時代に様式的な完成を見た。門を入ると広間 (あるいは主殿) があり,この奥に主人の内向の接客空間である対面所,居間および寝室である書院,御寝所があり,さらに奥に夫人の居室である御上 (おうえ) がある。これらの接客空間,居住空間をつないで,台所などのサービス空間が設けられる。各部分では三ノ間,二ノ間,一ノ間が鉤手に並ぶのが特徴で,一ノ間の主室には床,棚,付け書院,帳台構えが設けられ,座敷飾が定型化している。壁は張付壁で襖絵が描かれ,豪華なものでは欄間に彫刻がなされ,天井にも彩色を施し,各所に飾金具を打った。柱は角柱で畳は敷きつめられ,障子,襖,舞良戸,雨戸が用いられる。一ノ間には原則として他の部分より框1本分高い上段が設けられた。桃山時代初期には寝殿造の中門廊の退化した中門が入口であったが,後期には玄関が造られる。明暦3 (1657) 年の江戸の大火までは,特に武家諸侯の邸宅は豪壮をきわめたが,大火後の倹約令により襖絵や彫刻が禁止され,今日みる和風住宅の簡素な室内意匠が確立した。なおこの頃から接客部は広間から書院に変り,主室に寝室の名残りである納戸がなくなって,帳台構えが廃され,1つの建物が1つの機能に対応する簡明なものとなった。しかし接客空間,居住空間,サービス空間の3つから住宅平面が構成されることは同じで,これは今日の和風住宅へも続いている。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「書院造」の解説

書院造
しょいんづくり

室町後期~安土桃山時代に成立した武家住宅の形式。対面儀礼を行う建物で,書院(広間・対面所ともいう)を中心に構成されるのでこの名がある。出入口になる玄関・遠侍(とおさぶらい),常の居所となる御座の間などが付属する。古代の寝殿造から発展したが,構造的には角柱を用い,機能に応じた小室をいくつもつくるなど,寝殿造と異なる。また対面のときの主人の座を荘厳化するために主室を上段の間とし,その背後,左右に床・棚・付書院・帳台構を設けるのも意匠上の大きな特色。主室の構成を簡略にしたのが座敷とよばれる部屋で,近世の社会秩序を表現する空間として,その後民家などにもとりいれられていく。最も古い例は足利義政の書院同仁斎(どうじんさい)とされ,二条城二の丸御殿,西本願寺書院などの大規模な遺構もある。

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