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書院造 しょいんづくり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

書院造
しょいんづくり

近世における上流階級の住宅様式で,寝殿造から発展して桃山時代に様式的な完成を見た。門を入ると広間 (あるいは主殿) があり,この奥に主人の内向の接客空間である対面所,居間および寝室である書院,御寝所があり,さらに奥に夫人の居室である御上 (おうえ) がある。これらの接客空間,居住空間をつないで,台所などのサービス空間が設けられる。各部分では三ノ間,二ノ間,一ノ間が鉤手に並ぶのが特徴で,一ノ間の主室には床,,付け書院,帳台構えが設けられ,座敷飾が定型化している。壁は張付壁で襖絵が描かれ,豪華なものでは欄間に彫刻がなされ,天井にも彩色を施し,各所に飾金具を打った。柱は角柱では敷きつめられ,障子,襖,舞良戸,雨戸が用いられる。一ノ間には原則として他の部分より框1本分高い上段が設けられた。桃山時代初期には寝殿造の中門廊の退化した中門が入口であったが,後期には玄関が造られる。明暦3 (1657) 年の江戸の大火までは,特に武家諸侯の邸宅は豪壮をきわめたが,大火後の倹約令により襖絵や彫刻が禁止され,今日みる和風住宅の簡素な室内意匠が確立した。なおこの頃から接客部は広間から書院に変り,主室に寝室の名残りである納戸がなくなって,帳台構えが廃され,1つの建物が1つの機能に対応する簡明なものとなった。しかし接客空間,居住空間,サービス空間の3つから住宅平面が構成されることは同じで,これは今日の和風住宅へも続いている。

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百科事典マイペディアの解説

書院造【しょいんづくり】

室町末〜桃山時代に完成した武家住宅の形式で,今日の住宅形式にもなごりをとどめている。寝殿造に比し,非常に複雑な構成をもつ。内部空間は,接客部分,家族の生活部分,台所など使用人の生活部分などに区分される。
→関連項目安土桃山時代入側掛物京都御所車寄玄関慈照寺書院障壁画違棚長押東山文化武家造舞良戸

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世界大百科事典 第2版の解説

しょいんづくり【書院造】

日本の古典的住宅形式の一つで,近世の武家を中心とする住宅の基本的形式をいう。平安時代の貴族の住宅形式であった寝殿造を母胎とし,中世における生活様式の変化のなかで,日常の生活機能を充足するために変容と改良が加えられた。室町時代初期ごろ,座敷飾の諸要素(押板(おしいた),棚,付(つけ)書院)が出そろい,同時代中期の応仁の乱前後の時期に盛行した会所(かいしよ)座敷の飾りに,押板,棚,付書院を組み合わせて装置し,置物を飾る風習が成立した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

書院造
しょいんづくり

近世初期に完成した和風住宅様式。平安時代に公家(くげ)の住宅様式であった寝殿造が、武家の台頭によって武家住宅にも取り入れられ、時代が進むにつれて変化して、室町時代末から桃山時代にかけて書院造として大成した。
 足利義満(あしかがよしみつ)が1378年(天授4・永和4)に造営した彼の住宅である花御所室町殿は、寝殿が公的な行事を行う場所で、二棟廊(ふたむねろう)、中門廊、中門があって、将軍家も大臣家の伝統的住居の形態を踏襲している。そして遊興など社交的な会合のために会所(かいしょ)が別に設けられた。やがて代々の将軍家では会所内を飾るようになり、付(つけ)書院や違い棚が造り付けられ、そこには文具や食籠(じきろう)、茶具などが置かれ、また、押板(おしいた)がつけられて画幅、花瓶、香炉などが飾られるようになった。押板、違棚、付書院に飾られる置物は唐絵(からえ)、唐物(からもの)が珍重された。こうして、足利義政(よしまさ)のころからは座敷飾りが定着した。そして桃山時代になって武将の邸宅にも応用され、近世武家大名の邸宅では建物の規模が大きくなるとともに、建物内の座敷飾りも床(とこ)、棚、書院、帳台構(ちょうだいがまえ)と発展して豪華になる。初期の座敷飾りとしては慈照寺(銀閣寺)東求堂(とうぐどう)の同仁斎(どうじんさい)の付書院や違い棚が有名である。
 桃山時代の工匠伝書である『匠明(しょうめい)』によれば、書院造の標準的な大名邸宅の建物配置は、御成門(おなりもん)、広間、能舞台、御殿、書院、茶室からなる接客部分と、棟門(むねかど)、玄関、遠侍(とおざむらい)、式台、対面所、御寝間(ぎょしんのま)、書院からなる居住部分に分かれて配置された。このほか台所・局(つぼね)・御上(おかみ)方の奥向きの部分があり、敷地周囲には長大な長屋門が巡っていた。このうち広間は主殿ともよばれ、その平面をみると、上段のある座敷と次の間の前面には広縁と寝殿造の中門廊の名残(なごり)の中門がつき、上段には書院、大床(おおとこ)、違い棚があり、上段脇(わき)に納戸(なんど)が配されている。このような平面に類似する建物には園城寺(おんじょうじ)光浄院客殿、同勧学院客殿がある。居住部分の建物の配置に類似するものには、二条城二の丸御殿がある。
 書院造による主室の座敷飾りの一つである帳台構は納戸構とよばれる。もともと民家の寝室の構えを豪華にしたもので、武家住宅では武者隠しとしても用いられた。
 書院造の座敷飾りは社寺の客殿にも取り入れられ、江戸時代中期からは農家や町家の客室にも及んだ。座敷も主室だけでなく、次の間にも床を設けるようになり、盛んとなる。座敷の配置も主室、次の間、三の間をかぎ形に並べる鍵(かぎ)座敷も出現する。襖(ふすま)にも墨絵あるいは金碧画(きんぺきが)を描いて華麗にし、襖の上には種々の欄間(らんま)を設けて趣向を凝らすようになった。書院造は江戸時代を通じて和風住宅の基本的な座敷飾りとして床、棚、書院を後世に伝えた。[工藤圭章]

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世界大百科事典内の書院造の言及

【安土桃山時代美術】より

…安土城は82年の明智光秀の反乱によって焼失したが,秀吉はその後継者としてただちにいっそう大規模な大坂城を建造した。以後秀吉は在世中に聚楽第,淀城,名護屋城,伏見城と相次いで築城を行い,それぞれの城内には贅を尽くした書院造の殿舎があった。また秀吉が母の大政所のために建てた大徳寺内の天瑞寺も,寄進者の好みを反映して,禅宗の方丈としてはそれまでにない規模と内部装飾を持つものだった。…

【住居】より

…(5)柱はすべて大面取(だいめんとり)の角柱となり,外回りの建具は舞良戸2枚と明障子1枚の組合せとなり,蔀戸はあまり使われなくなる。以上の変化の結果,武家の住居は書院造と呼ばれる様式を完成させるのであるが,その時期は15世紀末から16世紀後半ころであったと考えられる。書院造
[庶民の住居]
 鎌倉時代の庶民住居も資料が多くなく,具体的な像を描くことはできないが,絵巻物に描かれた町屋(町家)を見ると,桁行が2~3間,梁間2間ぐらいの大きさで,屋根は板葺き,壁は網代(あじろ)を使い,板扉の入口に突上窓(つきあげまど)を備えており,平安時代の町屋とあまり変わらない。…

【茶道】より

…ことに《太平記》の伝えるところでは,佐々木高氏(道誉)は茶,花,香を組み合わせた風流の会に中国製の美術・工芸品を並べ華美を尽くしている。 唐物を中心とする喫茶の方式は室町時代に入ると,〈書院造〉の完成によって武家儀礼の一部に定着した。すなわち,ばさら大名たちにもてはやされた唐物はますます珍重され,足利義教より足利義政にいたる室町時代中期には足利幕府によって多数の唐物名物が集められ,のちに〈東山御物〉と呼ばれるコレクションが生まれた。…

【床の間】より

…床板の上には香炉,花瓶,燭台からなる三具足(みつぐそく)を置き,床の間の両隣には書院と違棚(ちがいだな)を設けるのが正式である。このような書院造の床の間に対して,茶室や数寄屋にも書画を飾る床の間が設けられるが,この場合は形式はかなり自由に扱われ,樹皮のついた床柱や形の変わった床柱が使われ,内部を壁で塗りまわした室床(むろどこ)や洞床(ほらどこ),落掛から床の上部だけを釣った釣床(つりどこ),入込みにならず壁面の上部に軸掛けの幕板を張っただけの織部床(おりべどこ)など,多様な形式のものがある。江戸時代は庶民の住宅では床の間を作ることを禁じられていたが,18世紀の中ごろ以降になると,多くの家で座敷に数寄屋系の床の間を設けるようになる。…

【室町時代美術】より

…この唐物荘厳は,室町時代の美術の性格をつくりあげる上で大きな役割を果たしている。唐物を飾るための調度である押板(おしいた)や棚,出文机(だしふづくえ)は,のちに建物の主室の意匠として固定され,それが近世の書院造の特色となる。また,唐物は模倣され国産化された。…

※「書院造」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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