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上米 あげまい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上米
あげまい

江戸幕府が諸藩に対し,また藩が家臣に対して上納させた享保の改革の際,幕府財政再建のため諸藩に1万石につき 100石の割合で差出させ,その見返りとして,諸大名の参勤交代で江戸に在府する期間を半分にし,負担を緩和したのが,有名な上米の制である。諸藩にも,財政難解決の手段として家臣の俸禄米の一部を上納させる上米,役米,半知,借知などの制度があった。

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デジタル大辞泉の解説

あげ‐まい【上米】

江戸時代、幕府の財政窮乏を救うための政策。享保7~16年(1722~1731)に実施。大名から石高1万石について百石ずつの米を上納させ、代わりに、諸大名が参勤交代で江戸に在住する期間を半年に短縮した。

うわ‐まい〔うは‐〕【上米】

寺社へ寄進した年貢米の一部。
江戸時代、米穀などの輸送物資に課した通過税
仕事や売買の仲介をする者が取る、賃金や代金などの一部。手数料。うわまえ。
「―に取り上げ、十分一(じゅうぶいち)も我々が手に付けさせず」〈浄・国性爺後日〉

じょう‐まい〔ジヤウ‐〕【上米】

上等の米。

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百科事典マイペディアの解説

上米【あげまい】

1722年,徳川吉宗が幕府財政の窮乏を救うため,享保改革の一つとして諸大名から1万石につき100石の割合で上納させた米。この代償として大名の参勤交代制を緩和,在府期間を半減し,半年在府・1年半在国とした。

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世界大百科事典 第2版の解説

あげまい【上米】

江戸幕府が1722年(享保7)7月から財政難を切り抜けるため,諸大名に対して高1万石につき100石の割合で上納させた米。元禄以来,破綻をきたした幕府財政は,22年に至り旗本・御家人切米・扶持米支給にも窮したので,享保改革の年貢増徴・新田開発の効果があがるまでの応急措置として上米が行われた。米は春秋2度に半分ずつ,大坂か江戸の米蔵に納入し,米で納められないときは張紙値段による金納とした。上米総額は年間18万7000石余で,この代償として参勤交代の江戸在府期間が半減され,外様・譜代の区別なく3月,9月交代とした。

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大辞林 第三版の解説

あげまい【上米】

1722年、八代将軍吉宗が、幕府の財政窮乏を救うため、諸大名に、一万石につき百石の割合で毎年上納させた米。31年に廃止。

うわまい【上米】

江戸時代、神領などで諸国の年貢米を通す際に取った通行税。
売買その他の仲介者が取る代金・賃金の一部。手数料。うわまえ。

じょうまい【上米】

上等の米。 「新潟産の-」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

上米
あげまい

江戸時代、財政窮乏を理由に、幕府が諸藩に、また藩主が家臣に対して課した献上米。享保(きょうほう)の改革の一施策として、1722年(享保7)8代将軍徳川吉宗(よしむね)が諸大名に課した例が有名である。これは1万石につき100石の上米を命じたものであったが、この制度の施行により幕府は年間18万7000石の上納米を得た。この額は当時の幕府収入の約1割3分にあたり、旗本、御家人(ごけにん)への給米の5割強を占めたといわれる。しかしこの制度が、参勤交代制の江戸在府期間の半減化(1年を半年に短縮)を伴ったものであったため、家康以来の祖法を変えると反対する意見も多かった。このため幕府財政がいちおう安定した1731年(享保16)に廃止され、参勤交代制も旧に復した。[大石 学]

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