井原西鶴(さいかく)の浮世草子。1688年(貞享5)1月、大坂・森田庄太郎、京都・金屋長兵衛、江戸・西村梅風軒の三都書林が連名して刊行。6巻6冊。副題に「大福新長者教(ちょうじゃきょう)」とあるように仮名草子『長者教』(1627)を受けて、町人の致富または貧窮の話30編を集め、西鶴町人物の第一作となったものである。三井八郎右衛門(巻1の4)、藤屋市兵衛(巻2の1)、酒田の豪商鐙屋惣左衛門(あぶみやそうざえもん)(巻2の5)、豊後(ぶんご)府内の守田山弥之助(もりたさんやのすけ)氏定(巻3の2)、京都の紅染屋(べにぞめや)桔梗屋(ききょうや)甚三郎(巻4の1)、江戸の三文字屋常貞(じょうてい)(巻6の2)など、実在のモデルを指摘することができる。知恵、才覚を縦横に働かせた積極的な商魂によって、あるいはまた欲望を自制する始末倹約の強固な意志力によって、それぞれに巨大な資産をつくりあげた新興町人群像が生き生きと描かれている。このなかで、金銭に対する執着と人間性との矛盾相克の姿、あるいは金銀の魔力に取り憑(つ)かれた人間がたどる転変たる生涯をもみごとに形象化することに成功している。巻3の5の主人公呉服屋忠助や巻4の5の小橋の利助たちがそれである。激烈な経済生活のなかで悪戦苦闘して、あるいは富み栄え、あるいは貧窮没落する町人群像の光と影を、「人程賢て愚なる者はなし」(巻5の2)といった人間に寄せる深い感慨とともに大観し、貧富二様の是非もない人の世の実体に迫った作品である。版を重ね、1824年(文政7)には『大福新長者鑑(かがみ)』と改題出版され、江戸時代を通じたベストセラーとなっている。
[浅野 晃]
『野間光辰校注『日本古典文学大系 48 西鶴集 下』(1960・岩波書店)』▽『谷脇理史校注・訳『完訳日本の古典 52 日本永代蔵』(1983・小学館)』
西鶴作の浮世草子。正しくは〈にっぽんえいたいぐら〉と読む。1688年(元禄1)刊。6巻30章。西鶴町人物の第1作で,副題に〈大福新長者教〉とあり,1627年(寛永4)刊の仮名草子《長者教》を意識している。そのためこの作のねらいも致富出世のための教訓にあるかにみえるが,必ずしもそうではない。金銭の世界は伝統的な文学観念からするとき,もっとも非文学的な世界であったが,その世界を描いた新しい文学を,西鶴は《長者教》という先行の見馴れた形式を媒介にして読者のまえに送りだしたのである。〈これ(銀徳)にましたる宝船の有べきや〉と巻一の一の冒頭にもあるように,金力こそあらゆる自由を保証してくれるものであったが,金は知恵才覚によって儲けださねばならない。江戸駿河町に新店を出して成功した三井八郎右衛門の話(〈昔は掛算今は当座銀〉)のように。だが,世はすでに〈銀(かね)が銀を儲ける世〉になっていて一代での分限は過去の話であった。したがって,子供の代には乞食になってもよいから今一度自分を長者にしてくれといって無間(むげん)の鐘をつく男の話(〈紙子身袋(かみこしんだい)の破れ時〉)や一度は成功したが結局インチキ商売で転落してしまう男の話(〈世はぬき取の観音の眼〉〈茶の十徳も一度に皆〉)のような失敗譚も数多く書かれることになる。しかし,いずれの場合も,読者はそこに教訓よりも虚と実の入りまじった,おもしろい金の文学を読んだと考えられる。
執筆者:廣末 保
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浮世草子。6巻。井原西鶴作。1688年(元禄元)刊。出世・破産をくり返す町人社会の諸相を描いた30の短編で構成される。巻1~4と巻5・6の執筆時期は異なると考えられているが,どちらが先に書かれたかについては見解がわかれる。三井八郎右衛門をモデルにした「昔は掛算今は当座銀」のような成功譚(たん)や,廓(くるわ)に足を踏み入れたため破産した2代目町人を描いた「二代目に破る扇の風」のような没落譚など,町人の経済生活を幅広く素材にした傑作である。当時のベストセラーで,各話を地域ごとにまとめた異版も出版された。「日本古典文学大系」「定本西鶴全集」所収。
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…なおいろいろな教訓歌を並べ,また〈たくわへ太郎たねもち〉といった福の神10人や貧乏神10人を挙げて,その名前に教訓を託している。西鶴の《日本永代蔵》の副題は,《大福新長者教》である。【野田 寿雄】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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