哲学用語。マルティン・ハイデッガーは『存在と時間』で存在の意味を問う存在者を「現存在Dasein」と呼び、その存在論的分析を通じて、存在の問題を時間性から解釈することによって西洋の伝統的な存在論の解体を企てた。ここでの現存在はやはり人間の実存であるが、その際現存在は、伝統的な主観性概念と区別されて「世界内存在」と規定される。現存在はいつもすでに世界の内に投げ入れられて、気分づけられており、この世界の内から投企を行うのである。
もっともここで「世界」といっても、物理的客観の総体のことではないし、「内」といっても物理的空間内部にあるという意味ではない。ハイデッガーのいう「世界」とは意味や記号が連関している世界のことであり、たとえば道具が何らかの使用目的のために存在しているように、現存在の配慮に応じて規定される世界のことである。したがって、世界内に存在するということは、空間の中に事物のように位置づけられているということではなく、意味連関の総体としての世界に慣れ親しんで内属しつつ、前学問的な存在了解を行いつつ実存しているということである。この意味で、存在を了解する可能性をもつ「世界内存在」と、この了解可能性を根拠として現存在が世界内部で出会わされる「世界内部的存在者」とは厳しく区別されねばならない。
現存在は、こうして世界内存在として、意味連関の総体としての世界に、日常的に気分づけられて存在しながら、もっぱら誰でもない平均的な「ひとdas Man」として非本来的に実存している。『存在と時間』の後半部は、このような世界内存在としての現存在が死への先駆的決意によって、不安の中で本来の有限な自己に立ち帰り、そこから本来的な時間性として開示されてくるありさまを描いている。世界内存在が本来的な時間性として開示されるに応じて、現存在の歴史性も自覚されることになる。世界内存在は歴史的に存在するのであり、『存在と時間』は、世界内存在の本来性と本来的な歴史の在り方の結びつきを、先駆的な決意によってもたらされる根源的な時間性からとらえようとした著作なのである。
「世界内存在」の概念は、ジャン・ポール・サルトルが『存在と無』で、モーリス・メルロ・ポンティが『知覚の現象学』で用い、フランス実存主義哲学にも大きく影響した。
[加國尚志]
『マルティン・ハイデッガー著、細谷貞雄訳『存在と時間』(ちくま学芸文庫)』▽『木田元著『ハイデガー』(岩波現代文庫)』
M.ハイデッガーがその最初の主著《存在と時間》の序説部分において特記している新しい造語。それは何よりもまず人間存在の具体的形態をつらぬく根本構造として提示され,とくに従来の主観概念の変革を意味する。人間はいかなる反省にも先立って現に存在し,しかもその多義的な現存を各自的に引きうけることによっていつも本質的に,なんらかの世界の内に,この世界を了解しつつ存在せざるをえない。これが,人間が実存するということの意味である。ハイデッガーの論述によれば,ここでもっとも重要なことは,この世界を実存の遂行における決定的契機として現象学的・実存論的に解明することであり,この試みはハイデッガーの後期の思想のなかでも中心的な役割を演じている。
執筆者:細谷 貞雄
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…なぜなら,ニーチェによって素描されていたものがキリスト教への反逆的な拘束を刻印されていることを明示するハイデッガーのヘルダーリン,ニーチェ解釈の主旨が,伝統的存在論(プラトン主義)の継承によって覆われていた悲劇的世界経験の再興をめざし,あるいはそれに対応することに向けられていたからである。 ここまで来ると,かつて《存在と時間》のなかでいわば形式的に導入されていた〈世界内存在〉という概念における〈世界〉もしくは〈世界性〉という概念が否応なしにある具体性を帯びてくることになる。存在・真理・世界は,決してその相関性を失うことはないが,その内実は変遷する。…
※「世界内存在」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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