中山王(読み)ちゅうざんおう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中山王
ちゅうざんおう

琉球(今日の沖縄県)の歴代国王の称号。古来,琉球は中山ともいわれ,特に中国の代以降,1879年の琉球廃止(→琉球処分)まで,国王は中国から琉球中山王の冊封(→朝貢貿易)を受けることをならわしとしていた。歴代中山王では,統一以前の察度(さっと),山北(北山)・中山・山南(南山)の三王国の統一政権を首里に立てた尚巴志(しょうはし),1469年成立した第二尚氏の中央集権制を推進した尚真王,1609年島津氏の来攻により日本と国の両属関係を決めた尚寧王らが有名。(→尚氏琉球貿易

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうざんおう【中山王】

琉球国中山王が公称。琉球国王のこと。14世紀に入ると,沖縄には山北(さんほく),中山,山南とよばれる三つの小国家が出現し,それぞれ〈王〉を称した。中山王の呼称はこのうちの中山の王の称であったが,やがて15世紀初期に中山王の尚氏が他の2国を平定して統一王朝(琉球王国)を樹立すると,そのまま統一王朝の王の呼称として用いられた。1372年の国交関係樹立以後,中山王は中国皇帝の名において派遣される冊封使によって冊封される慣例となり,琉球処分までの500年間この慣例は存続した。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうざんおう【中山王】

琉球王の呼称。一四世紀中頃沖縄諸島に分立した中山・北山・南山を、一五世紀初めに中山王尚氏が統一して琉球王国が建設されてからの称。

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世界大百科事典内の中山王の言及

【琉球】より

…北部には今帰仁(なきじん)城を拠点とする〈山北(さんほく)(北山)〉が,中部には浦添(うらそえ)城(のちに首里(しゆり)城)を拠点とする〈中山(ちゆうざん)〉が,南部には島尻大里(しまじりおおざと)城(一時は島添(しまそえ)大里城)を拠点とする〈山南(さんなん)(南山)〉が割拠して互いに覇を競った。 1372年中山王察度(さつと)は中国に誕生した明朝の太祖洪武帝の招諭を受け入れて初めて入貢し,その冊封(さくほう)体制の一員となった。これにつづいて山南王,山北王も同様の関係を結び,三山の対立はいよいよ激化する形勢となった。…

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