中性子が物質に衝突した際に相互作用を受けて、その進行方向が変化すること。波長が0.1ナノメートル前後の熱中性子がエネルギーを変化せずに弾性散乱され、X線と同様に結晶でブラッグ反射する現象については、とくに中性子回折とよぶことがある。散乱前後でエネルギーが変化する非弾性散乱も含めて中性子の物質による散乱を総称する場合は中性子散乱という。中性子は陽子とほぼ等しい質量をもつ電荷のない素粒子であり、磁気モーメントをもっている。中性子のもつ波長λ(ラムダ)とエネルギーEの間には、
という関係がある。ここではエネルギーを絶対温度に換算しており、250ケルビンの熱中性子は約0.2ナノメートルの波長をもつ。
中性子散乱から得られる情報は、基本的にはX線散乱と同じく、物質内の原子の配列である。X線はおもに物質内部の電子によって散乱される、すなわち物質内の原子がもたらす電子分布の情報が得られる。それに対し、中性子散乱には、中性子と原子核との核力による核散乱と、中性子の磁気モーメントと原子の磁気モーメントとの磁気的相互作用による磁気散乱の2種類があり、それぞれ以下のような情報が得られる。
中性子散乱における核散乱の場合、散乱波の振幅にあたる散乱長がX線散乱の場合と異なって原子番号に比例しない。したがって、たとえば原子番号(電子数)が小さい水素などの位置決定に有力な手段である。また散乱長が負となる原子核(たとえばマンガンMn、チタンTi)もあり、マンガンと鉄Feのように周期表上隣り合った原子でも散乱波の差が大きくなることから、それらの位置決定にも威力を発揮する。一方、磁気散乱は、物質内の磁気モーメントの大きさと方向および配列を決定するもっとも有力な手段で、磁性体の研究には欠かすことができない。
中性子非弾性散乱は、熱中性子のエネルギーと同程度である物質内原子や磁気モーメントの運動や振動などの決定に有力である。中性子と物質内振動とのエネルギーの授受を観測することによって、隣り合う原子の位置相関とその運動の時間的変化を同時に測定できる。核散乱による中性子非弾性散乱では格子振動(フォノン)や原子の拡散運動などを、磁気散乱による中性子非弾性散乱では磁気モーメントの集団運動(マグノン)などを検出するのにもっとも適した手段である。
中性子散乱実験は、原子炉を用いた施設(たとえば日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3)や加速器による核破砕現象を用いた施設(たとえば大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェーパーク)の物質・生命科学実験施設)から供給される中性子ビームを用いて行うことができる。
[石川義和・岩佐和晃]
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