中性子の回折現象。中性子は波動性を示し,その波長は中性子のもつ運動エネルギーに逆比例する。原子炉内で減速された熱中性子の波長は1Å(10⁻8cm)程度になり,ちょうど結晶や分子を構成している原子の間隔と同程度になる。この程度の波長の波は電磁波ではX線に対応し,X線が原子の格子や分子の配列で回折現象を起こす(X線回折)ように,熱中性子を物質にあてると回折が起こる。X線や電子線では,物質中の電子からの散乱により回折現象が起き,その基本は電気的相互作用である。中性子は電気的に中性のため,その回折,散乱は原子中の原子核との間の核力による。また,中性子は電気的には中性でも,固有の磁気モーメントをもち,小さな磁石の働きをするので,磁気的な相互作用でも回折,散乱が起きる。このように波長は同程度であっても,物質との相互作用が異なるために,中性子回折はいろいろな点でX線回折や電子線回折とは異なる。とくに原子配列や分子構造を調べようとするときには,次の相違点が重要となる。一般に中性子はX線に比べて,物質の透過率が10倍から100倍大きい。X線では軽い原子や隣接原子番号の原子を識別しにくいのに比べて,中性子線では容易である。このことはとくに有機物質中の水素の位置決定に中性子回折が重要なことを示す。物質の磁気構造を決めることは,中性子回折のもっともたいせつな役割の一つである。また熱中性子は物質中で散乱を起こす際に,容易に相手の原子とエネルギーのやりとりをする。そのため原子の動きを見ることができるが,このことは物質の動的構造に関する知見が得られることに対応していて,中性子散乱の重要な一つの役割となる。
ただしX線や電子線に比べて,熱中性子を取り出すには,原子炉や巨大加速器が必要であり,そのため,中性子回折,散乱の実験はこれらの施設をもつ研究所などに限られる。
執筆者:伊藤 雄而
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
電子や光子と同じく,中性子も粒子であると同時に
λ = h/mv
の波長をもつド・ブロイ波とみなすことができる.原子炉内のいわゆる熱中性子は,その波長が0.1 nm 程度の大きさであるため,X線回折と同じように結晶回折に利用することができる.中性子回折がX線回折の場合と違う点は,散乱体が電子ではなく原子核である点であって,散乱強度は原子核と中性子との相互作用の強さで決まるから,水素のように軽い原子でも,散乱強度が強い場合には強い回折線が現れる.このため中性子回折は,水素の原子位置の決定などに重要な役割を果たす.中性子はまたスピンをもっているから,原子が磁気モーメントをもっているとそれによって散乱される.このため,反強磁性体などのスピン配列の決定に威力を発揮する.また,中性子の格子振動やスピン波による非弾性散乱の実験によって,これらの励起波の振動数と波数との間の関係を表す分散関係を決定することができる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
波長が0.1ナノメートル前後の熱中性子が物質中で弾性散乱され、X線と同様に結晶でブラッグ反射する現象。非弾性散乱も含めて、中性子の物質による散乱を総称するときは中性子散乱という。詳細は「中性子散乱」の項目を参照されたい。
[岩佐和晃]
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