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中野碩翁 なかのせきおう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中野碩翁
なかのせきおう

[生]明和5(1768)
[没]天保12(1841)
江戸時代後期の旗本。名は清茂。 11代将軍徳川家斉の寵臣として,将軍に近侍し,小納戸頭取の地位につき権勢をふるった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中野碩翁 なかの-せきおう

1765-1842 江戸時代中期-後期の武士。
明和2年生まれ。幕臣。11代将軍徳川家斉(いえなり)につかえ小納戸(こなんど)頭取,新番頭(ばんがしら)格などをつとめる。養女が家斉の側室(お美代の方)となり,隠居後も権勢をふるったが,天保(てんぽう)12年の粛正で失脚。天保13年5月12日死去。78歳。江戸出身。名は清茂。通称は定之助。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中野碩翁

没年:天保13.5.12(1842.6.20)
生年:明和2(1765)
江戸後期の幕臣。清備の子。通称は定之助,名は清茂。播磨守。小納戸,同頭取,新番頭格の奥勤と一貫して将軍徳川家斉の側に仕えた。特に家斉に寵愛された側室お美代の養父として権勢を振るい,碩翁と老中水野忠成 を取り込めば何事も自由になると噂されたほどである。天保1(1830)年に隠居したが奥勤は続け,寺島に下屋敷を建てぜいたくに暮らした。12年に家斉が亡くなると,その腐敗した側近勢力粛正の一環として登城禁止となり,屋敷地も没収された。その豪奢な生活ぶりから,一橋治済,島津重豪と共に三翁のひとりと称された。

(藤田覚)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

なかのせきおう【中野碩翁】

1765‐1842(明和2‐天保13)
江戸後期の旗本。11代将軍徳川家斉の寵臣。名は定之助清茂。清備(きよとも)の子。1803年(享和3)叙爵して播磨守と称する。中野家はもと紀伊徳川家の臣で,祖父清房のとき,吉宗の将軍家相続に従って幕臣となり,叔母初崎は大奥に出仕して老女を務め,のち10代将軍家治の世嗣家基の乳母となった。碩翁は1765年(明和2)遺跡を継いで小普請に入り(廩米(りんまい)300俵),83年(天明3)出仕し小納戸となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中野碩翁
なかのせきおう
(1765―1841)

江戸後期の幕臣。通称定之助。名は清茂。播磨守(はりまのかみ)。隠居後剃髪(ていはつ)して碩翁(石翁)と号した。1783年(天明3)小納戸(こなんど)を振り出しに、小姓(こしょう)、小姓頭取(とうどり)、小納戸頭取、新番頭格と一貫して11代将軍徳川家斉(いえなり)に近侍し、1830年(天保1)隠居したが、剃髪のまま奥勤めを許された。洒脱(しゃだつ)な性格で家斉の信頼と寵愛(ちょうあい)を受け、家斉の愛妾(あいしょう)お美代の養父としてはぶりを効かせた(いわゆる三翁の1人)が、41年(天保12)家斉の没後失脚し、同年4月謹慎を命じられて登城禁止、5月卒した。[山田忠雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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