五日市憲法草案

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

五日市憲法草案

1881(明治14)年ごろ、当時の小学校の教員、千葉卓三郎(1852~83)によって起草された憲法私案。全204条のうち150条を国民の権利保護にあてている。皇后美智子さまが2013年に「世界でも珍しい文化遺産」として紹介したことで再び脚光を浴びた

(2016-11-03 朝日新聞 朝刊 山梨全県・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

いつかいち‐けんぽうそうあん〔‐ケンパフサウアン〕【五日市憲法草案】

自由民権運動家の千葉卓三郎らが明治14年(1881)ごろに起草した私擬憲法の草案。昭和43年(1968)東京都西多摩郡五日市町(現・あきる野市)の深沢家土蔵から発見された。204条からなり、そのうち150条が国民の権利に関する規定にあてられている。標題は「日本帝国憲法」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五日市憲法草案
いつかいちけんぽうそうあん

明治の民権家千葉卓三郎(ちばたくさぶろう)らによって起草された私擬(しぎ)憲法草案。作成されたのは1881年(明治14)4、5月ごろと推定される。全文204条からなる膨大なもので、現存する四十数種の私擬憲法のなかでも出色の内容をもつものと高く評価されている。その理由は、この憲法草案には「国民の権利」に関する規定が150条ほどもあり、とりわけ36条にわたる人権規定の展開に際して、他の草案にはみられない幾重にも基本的人権を保障しようとする周到さが認められるからである。この基本的人権の尊重という点では現日本国憲法に近似している。また、この集団的創造作業に参加した人々のほとんどが、20代から40代までの多摩地方の平民の民権家であって、この点も当時としては画期的なことといえる。五日市憲法草案は、1968年(昭和43)東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)深沢の深沢家土蔵の中から色川大吉、江井秀雄、新井勝紘(かつひろ)らの手によって発見された。[色川大吉]
『色川大吉編『民衆憲法の創造』(1970・評論社)』

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