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私擬憲法 しぎけんぽう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

私擬憲法
しぎけんぽう

憲法の私案。私擬憲法は幕末からあるが,普通は,国会開設の論議が盛んになった 1880年に制定された集会条例により,活動の自由を奪われた各地の政社が,憲法そのものの理論的研究を行うようになって生れた憲法の私案をいう。

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デジタル大辞泉の解説

しぎ‐けんぽう〔‐ケンパフ〕【私擬憲法】

明治13年(1880)前後に民間で作成された憲法草案。植木枝盛(うえきえもり)の「日本国国憲按」、立志社の「日本憲法見込案」、千葉卓三郎の「五日市憲法草案」など。

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百科事典マイペディアの解説

私擬憲法【しぎけんぽう】

明治憲法制定前に民間人によって起草された憲法案の総称。幕末のものもあるが,1876年元老院で国憲案起草が開始され,政府の欽定憲法制定の動きが進むのに対応して,1881年ころ自由民権運動側から多くの草案が出された。
→関連項目大日本帝国憲法

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世界大百科事典 第2版の解説

しぎけんぽう【私擬憲法】

大日本帝国憲法制定以前に,民間で起草された憲法。官吏が個人的な立場で試草した憲法案もこれに含めることができる。私擬憲法は,明治国家体制形成期における国民の体制観・憲法観を示す貴重な資料である。現在までに発見されている私擬憲法案に,日の目を見ることのなかった元老院国憲案や,帝国憲法の出発点となった岩倉具視の憲法綱領などを加えて表示すると表のとおりである。その中で量質ともに大きな比重を占めるのは民権派の立場に立つ人々の憲法案であり,その意味で私擬憲法は自由民権運動展開の所産と理解してさしつかえない。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

私擬憲法
しぎけんぽう

(1)明治前期に立憲制樹立を求めて私人が起草した憲法案。「私擬憲法」とは個人が私的に憲法について考えを練るの意味。政府部内の人間が当局者の参考に資するため試案したものと、民間の個人またはグループが作成したものがあるが、普通は、立憲制樹立を要求した自由民権運動の展開のなかで、民権各派が自らの国家構想を同志や国民に訴えるために起草した憲法案を、私擬憲法とか私草憲法という。政府部内では、1873年(明治6)に青木周蔵(しゅうぞう)が木戸孝允(たかよし)に委嘱されて起草したもののほか、西周(にしあまね)、井上毅(こわし)、山田顕義(あきよし)らの諸案がある。民間の憲法案では、民権運動の高揚した79年から81年にかけて、民権各派が作成したものが多い。改進党系に連なるものに、嚶鳴社(おうめいしゃ)案、共存同衆の「私擬憲法意見」、交詢社(こうじゅんしゃ)の「私擬憲法案」などがあり、いずれもイギリス流の立憲君主制を基礎とした議院内閣制を採用している。なお、嚶鳴社案を継承しつつ千葉卓三郎(たくさぶろう)ら五日市(いつかいち)の農村青年グループが起草した「日本帝国憲法」(五日市憲法草案)は人権保障にきめ細かい配慮をしている。自由党系には、立志社の「日本憲法見込案」、植木枝盛(うえきえもり)の「日本国国憲按(こっけんあん)」などがあり、君主の存在を認めているが、人民主権的な立場をとり、精細な人権保障規定のほか、地方自治、一院制(議会に強い権限を与える)、抵抗権の規定など特色のある構想を示している。とくに植木案は、連邦制の採用や革命権を認めるなど独自の内容をもっている。また官権派新聞といわれた『東京日日新聞』(福地源一郎(ふくちげんいちろう))の「国憲意見」は、神秘的な君主観を打ち出しているが、君民同治、責任内閣制など立憲主義的側面も示している。民権派の各案は、政府の欽定(きんてい)憲法構想に対抗して、国約ないし民約憲法の立場にたっており、「国憲意見」も国約憲法説である。現在40種以上の私擬憲法が確認されている。
(2)第二次世界大戦の敗北で大日本帝国が崩壊し、新日本建設が論議される過程で、大日本帝国憲法にかわる憲法案が民間で起草された。政党の憲法試案を含めて十数種確認されている。代表的なものは高野岩三郎・鈴木安蔵(やすぞう)ら憲法研究会の「憲法草案要綱」(1945年12月)、高野岩三郎の「改正憲法私案要綱」(同)、稲田正次・海野普吉(うんのしんきち)ら憲法懇談会の「日本国憲法草案」(1946年1月)などである。このうち「憲法草案要綱」は、自由民権期の植木案などを参考にしたもので、日本国憲法の基礎となったGHQ案に影響を与えている。[松永昌三]
『稲田正次著『明治憲法成立史』上下(1960、62・有斐閣) ▽家永三郎・松永昌三・江村栄一編『明治前期の憲法構想』(1967・福村出版) ▽末川博編『資料戦後二十年史3 法律』(1966・日本評論社)』

私擬憲法
しぎけんぽう

交詢社「私擬憲法案」(抄)
   第一章 皇權
第一條 天皇ハ宰相並ニ元老院國會院ノ立法兩院ニ依テ國ヲ統治ス
第二條 天皇ハ聖神ニシテ犯ス可ラザルモノトス政務ノ責ハ宰相之ニ當ル
第三條 日本政府ノ歳出入租税國債及諸般ノ法律ハ元老院國會院ニ於テ之ヲ議決シ天皇ノ批准ヲ得テ始テ法律ノ効アリ
第四條 行政ノ權ハ天皇ニ属シ行政官吏ヲシテ法律ニ遵ヒ總テ其事務ヲ執行セシム
第五條 司法ノ權ハ天皇ニ属シ裁判官ヲシテ法律ニ遵ヒ凡テ民事刑事ノ裁判ヲ司ラシム
第六條 天皇ハ法律ヲ布告シ海陸軍ヲ統率シ外國ニ對シ宣戰講和ヲ爲シ條約ヲ結ヒ官職爵位ヲ授ケ勳功ヲ賞シ貨幇ヲ鑄造シ罪犯ヲ宥恕シ元老院國會院ヲ開閉シ中止シ元老院議員ヲ命シ國會院ヲ解散スルノ特權ヲ有ス但海關税ヲ更改スルノ條約ハ預メ之ヲ元老院國會院ノ議ニ附スヘシ
第七條 天皇ハ内閣宰相ヲ置キ萬機ノ政ヲ信任スヘシ
   第二章 内閣
第八條 内閣ハ各省長官内閣顧問ヲ以テ之ヲ組成ス
第九條 内閣宰相ハ協同一致シ内外ノ政務ヲ行ヒ連帶シテ其責ニ任スヘシ但シ其事一宰相ノ處置ニ出テ他ノ宰相ニ關セサルモノハ此ノ限ニアラス
第十條 内閣中首相一人ヲ置キ上裁ヲ經タル諸法律並ニ政令ハ其名ヲ署シテ之ヲ布告スヘシ
第十一條 内閣ノ議決定セサルトキハ首相之ヲ決シテ上裁ヲ仰クヲ得ヘシ
第十二條 首相ハ天皇衆庶ノ望ニ依テ親シク之ヲ撰任シ其他ノ宰相ハ首相ノ推薦ニ依テ之ヲ命スヘシ
第十三條 内閣宰相タルモノハ元老議員若シクハ國會議員ニ限ルヘシ
第十四條 政府ノ歳入出豫算ノ議案ハ必ス内閣之ヲ起草スヘシ
第十五條 内閣ヨリ出ス所ノ議案ハ先ツ之ヲ國會院ノ議ニ附シ議決ノ後該院之ヲ元老院ニ移シテ其議ニ附スヘシ
第十六條 内閣ハ毎年前年度ノ歳出入計算及其施行シタル事務ノ要領ヲ元老院國會院ニ報告シ且時々緊要ナル内政外交ノ景況ヲ兩院ヘ報告スヘシ
第十七條 内閣ノ意見立法兩院ノ衆議ト相合セサルトキハ或ハ内閣宰相其職ヲ辭シ或ハ天皇ノ特權ヲ以テ國會院ヲ解散スルモノトス
「日本帝国憲法」(五日市憲法草案―抄)
   第三篇 立法權
     第一章 民撰議院
(78) 民撰議院ハ撰挙會法律ニ依リ定メタル規程ニ循ヒ撰挙ニ於テ直接投籤法ヲ以テ單撰シタル代民議院ヲ以テ成ル但シ人口二十萬人ニ付一員ヲ出ス可シ
(79) 代民議員ノ任期三ケ年トシ二ケ年毎ニ其半数ヲ改撰ス可シ但シ幾任期モ重撰セラルゝ事ヲ得
(80) 日本国民ニシテ俗籍ニ入リ(神官僧侶教導職耶蘇宣教師ニ非ル者ニシテ)政權民權ヲ享有スル満三十歳以上ノ男子ニシテ定額ノ財産ヲ所有シ私有地ヨリ生スル歳入アル事ヲ証明シ撰挙法ニ定メタル金額ノ直税ヲ納ルゝ文武ノ常職ヲ帯ヒサル者ハ撰挙法ニ遵ヒテ議員ニ撰挙セラルゝヲ得
(81) 凡ソ此ニ掲ケタル分限ト要款トヲ備具スル日本国民ハ被撰挙人ノ半数ハ其区内ニ限リ其他ノ半数ハ何レノ縣ノ区ニモ通シテ撰任セラルゝ事ヲ得
     但シ元老院ノ議官ヲ兼任スル事□(ヲ)得ス
(82) 代民議員ハ(撰挙セラレタル地方ノ総代ニ非ス)日本全国民ノ総代人ナリ故ニ撰挙人ノ教令ヲ受クルヲ要セス
(83) 婦女未成年者治産ノ禁ヲ受ケタル者白痴瘋癲ノ者住居ナクシテ人ノ奴僕雇傭タル者政府ノ助成金ヲ受クル者及常事犯罪ヲ以テ徒刑一ケ年以上実決ノ刑ニ處セラレタル者又稟告サレタル失踪人ハ代民議員ノ撰挙人タル事ヲ得ス
(84) 民撰議院ハ日本帝国ノ財政(租税国債)ニ関スル方案ヲ起草スルノ特權ヲ有ス
(85) 民撰議院ハ徃時ノ施政上ノ検査及施政上ノ弊害ノ改正ヲ為スノ權ヲ有ス
(86) 民撰議院ハ行政官ヨリ出セル起議ヲ討論シ又国帝ノ起議ヲ改竄スルノ權ヲ有ス
(87) 民撰議院ハ緊要ナル調査ニ関シ官吏並ニ人民ヲ召喚スルノ權ヲ有ス
(88) 民撰議院ハ政事上ノ非違アリト認メタル官吏(執政官参議官)ヲ上院ニ提喚彈劾スル特權ヲ有ス
(89) 民撰議院ハ議員ノ身上ニ関シ左ノ事項ヲ處断スルノ權ヲ有ス
    一 議員民撰議院ノ命令規則若クハ特權ニ違背スル者
    二 議員撰挙ニ関スル訴訟
(90) 民撰議院ハ其正副議長ヲ議員中ヨリ撰挙シテ国帝ノ制可ヲ請フ可シ
      注 原文には条が付されていないので、( )の中に通し番号を入れた
植木枝盛「日本国国憲按」(抄)
 第四編 日本國民及日本人民ノ自由權利
第四十條 日本ノ政治社會ニアル者之ヲ日本國人民トナス
第四十一條 日本ノ人民ハ自ラ好ンテ之ヲ脱スルカ及自ラ諾スルニ非サレハ日本人タルコトヲ削カルゝコトナシ
第四十二條 日本ノ人民ハ法律上ニ於テ平等トナス
第四十三條 日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ自由權利ヲ犯サレサルヘシ
第四十四條 日本ノ人民ハ生命ヲ全フシ四肢ヲ全フシ形体ヲ全フシ健康ヲ保チ面目ヲ保チ地上ノ物件ヲ使用スルノ權ヲ有ス
第四十五條 日本ノ人民ハ何等ノ罪アリト雖モ生命ヲ奪ハ(レ)サルヘシ
第四十六條 日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ何等ノ刑罸ヲモ科セラレサルヘシ又タ法律ノ外ニ於テ鞠治セラレ逮捕セラレ拘留セラレ禁錮セラレ喚問セラルゝコトナシ
第四十七條 日本人民ハ一罪ノ爲メニ身体汚辱ノ刑ヲ再ヒセラルゝコトナシ
第四十八條 日本人民ハ拷問ヲ加ヘラルゝコトナシ
第四十九條 日本人民ハ思想ノ自由ヲ有ス
第五十條 日本人民ハ如何ナル宗教ヲ信スルモ自由ナリ
第五十一條 日本人民ハ言語ヲ述フルノ自由權ヲ有ス
第五十二條 日本人民ハ議論ヲ演フルノ自由權ヲ有ス
第五十三條 日本人民ハ言語ヲ筆記シ板行シテ之ヲ世ニ公ケニスルノ權ヲ有ス
第五十四條 日本人民ハ自由ニ集會スルノ權ヲ有ス
第五十五條 日本人民ハ自由ニ結社スルノ權ヲ有ス
第五十六條 日本人民ハ自由ニ歩行スルノ權ヲ有ス
第五十七條 日本人民ハ住居ヲ犯サレサルノ權ヲ有ス
第五十八條 日本人民ハ何クニ住居スルモ自由トス又タ何クニ旅行スルモ自由トス
第五十九條 日本人民ハ何等ノ教授ヲナシ何等ノ學ヲナスモ自由トス
第六十條 日本人民ハ如何ナル産業ヲ營ムモ自由トス
第六十一條 日本人民ハ法律ノ正序ニ拠ラスシテ屋内ヲ探検セラレ器物ヲ開視セラルゝ事ナシ
第六十二條 日本人民ハ信書ノ秘密ヲ犯サレザルベシ
第六十三條 日本人民ハ日本國ヲ辞スル事自由トス
第六十四條 日本人民ハ凡ソ無法ニ抵抗スル事ヲ得
第六十五條 日本人民ハ諸財産ヲ自由ニスルノ權アリ
第六十六條 日本人民ハ何等ノ罪アリト雖ドモ其私有ヲ沒收セラルル事ナシ
第六十七條 日本人民ハ正當ノ報償ナクシテ所有ヲ公用トセラル事ナシ
第六十八條 日本人民ハ各其名ヲ以テ政府ニ上書スル事ヲ得各其身ノタメニ請願ヲナスノ權アリ其公立會社ニ於テハ會社ノ名ヲ以テ其書ヲ呈スル事ヲ得
第六十九條 日本人民ハ諸政官ニ任セラルゝノ權アリ
第七十條 政府國憲ニ違背スルトキハ日本人民ハ之ニ従ハザル事ヲ得
第七十一條 政府官吏壓制ヲ爲ストキハ日本人民ハ之ヲ排斥スルヲ得
 (編者註 『明治文化全集』本はこの第二項を欠く)
 政府威力ヲ以テ擅恣暴逆ヲ逞フスルトキハ日本人民ハ兵器ヲ以テ之ニ抗スル事ヲ得
第七十二條 政府恣ニ國憲ニ背キ擅ニ人民ノ自由權利ヲ殘害シ建國ノ旨趣ヲ妨クルトキハ日本國民ハ之ヲ覆滅シテ新政府ヲ建設スル事ヲ得
第七十三條 日本人民ハ兵士ノ宿泊ヲ拒絶スルヲ得
第七十四條 日本人民ハ法庭ニ喚問セラルゝ時ニ當リ詞訴ノ起ル原由ヲ聽クヲ得己レヲ訴フル本人ト對決スルヲ得
 己レヲ助クル証拠人及表白スルノ人ヲ得ルノ權利アリ
(家永三郎他編『明治前期の憲法構想』増訂版による)

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世界大百科事典内の私擬憲法の言及

【千葉卓三郎】より

…明治期の代表的な私擬憲法である日本帝国憲法(五日市憲法草案)の起草者。陸奥国栗原郡白幡村(現,宮城県栗原郡志波姫町)に生まれ,11歳のとき仙台で大槻磐渓に学ぶ。…

【法制史】より

…主としてプロイセン憲法を参照した大日本帝国憲法は,帝国議会を開設したものの,天皇による統治権の総攬と,国民の基本的人権の制約とを特徴とする。これは,自由民権運動が国家構想として提示した私擬憲法草案(例えば1881年の交詢社の私擬憲法案や植木枝盛の〈日本国々憲按〉など)が,天皇の権限を制約し,国民の基本的人権を手厚く保障したのと基本的に性格を異にした。またこの時期から,民法,商法,民事訴訟法,刑事訴訟法などの法典編纂や司法制度を整備確立する裁判所構成法の編纂が,大日本帝国憲法を頂点とする法体系を完成するために本格的に推進され,いずれも90年,国会開設を前に公布された。…

【明治時代】より

…これ以後,民権運動は愛国社を中心に全国的な国会開設運動として展開され,知識人をはじめ豪農・豪商層や農民たちをも巻き込んだ運動として高まった。とくに80年には運動の広がりはピークに達し,各地から国会開設の建白が続々と提出され,政党の結成や自分たちの手になる憲法草案の作成を課題とするようになった(私擬憲法)。
[自由民権と国会開設]
 政府は,これに対して1880年に集会条例を公布して民権派の組織的活動に弾圧を加えたが,翌年政府が決定した北海道開拓使官有物払下げが世論の反発を招き(開拓使官有物払下事件),反政府運動は再び全国的な高まりを示した。…

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