京極高秀(読み)きょうごく たかひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「京極高秀」の解説

京極高秀(1) きょうごく-たかひで

1328-1391 南北朝時代の武将
嘉暦(かりゃく)3年生まれ。佐々木(京極)高氏の3男。兄京極秀綱,秀宗の死後家督をつぎ,飛騨(ひだ)・出雲(いずも)守護,室町幕府の侍所頭人などを歴任管領(かんれい)細川頼之追放をはかって足利義満にそむいたが(康暦(こうりゃく)の政変),まもなくゆるされた。明徳2=元中8年10月11日死去。64歳。

京極高秀(2) きょうごく-たかひで

?-1556 戦国時代の武将。
京極高峯(たかみね)の子。近江(おうみ)守護。12代将軍足利義晴が三好元長に追われて近江(滋賀県)の朽木稙綱(くつき-たねつな)をたよると,それにしたがう。その後も細川晴元京都を追われた義晴にしたがう。義晴の没後居城の近江上平寺城にひきこもった。弘治(こうじ)2年死去。初名は高家。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む