遠方の名山霊場を信仰する人々が講を結成し,毎年一,二度,代表の者を派遣する参詣方法。信仰の対象である霊場側の御師(おし)・先達など,宗教的宣伝組織と密接な関係がある。古くは御師・先達が地方の信者の間をまわり,祈禱札などを配り歩いたが,江戸時代に入って一般庶民の旅が比較的容易になると,信者たちのほうから霊場へ出かけるようになった。といっても信者すべてが毎年参詣することは不可能であったから,代参という方法が考えだされたのである。したがって霊場側は,在郷ではおもに村落単位に代参講をつくることにつとめた。代参者は毎年くじなどで選ばれて派遣され,講員の数だけの祈禱札などを受けとって帰り,講員に配る。信仰内容も五穀豊穣とか火災よけなど村落生活にかかわるものが多かったから,今日でも代参講の集会がムラの寄合である場合が少なくない。また庶民にとっては貴重な旅行の機会であったことも見のがせない。
執筆者:真野 俊和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
遠隔地の社寺参詣(さんけい)のために講中より代表をたてる制度。代参をたてる代参講は、個人の信仰心に基づく信仰集団の総称である。しかし、伊勢(いせ)講のような中世以来の伝統をもつものは、村全体を講中としている場合がある。代表人は講中からくじ引きや輪番制によって選ばれ、講中で積み立てた金を社寺への納金や参詣の旅費として持参する。そしてもらってきた御札(おふだ)を講中に分配する。山岳登拝をする講などは、事前に厳しい精進(しょうじん)が課せられている。留守の間、お仮屋(かりや)や幣束(へいそく)を立てたり、陰膳(かげぜん)で無事を願う所もある。日照りなどの急を要する事態には、講の有無にかかわらず代参をたてることもあった。
[佐々木勝]
…また将軍社参には日光道中栗橋宿と中田宿の間で利根川に船橋が架けられたが,8代吉宗のときはそれに2万両の費用がかかったと伝えられる。将軍社参のない年は大名による代参があり,また各大名の社参やその家臣による代参もあった。大名や旗本には,日光山内にそれぞれ宿坊が定まっており,彼らはその案内で拝礼をすませたが,それは家康や家光に対する御目見(おめみえ)であり,そのときの服装には江戸城中でのそれが着用された。…
…ただみやげの習慣が今日のように盛行するのは,その前提となる旅や交通の発達を抜きには考えられず,参勤交代の制が確立し街道が整備され,また先達(せんだつ)や御師(おし)の活躍で庶民の間にも社寺参詣の旅が普及する近世中期以降のことと思われる。普及したといってもかつての旅は,交通手段の未発達はもとより金銭的な面からもだれしもが容易に行えるものではなく,そこで庶民は伊勢講,善光寺講といった講を組織し,費用を積み立て講中の代表者を代参に立てる形式をとった。こうした集団の総意を負った旅において,代参人は参拝した神仏の御利益・恩恵を持ち帰って講員にわかつ義務があり,またそれを具象化したものがみやげであったといえる。…
※「代参」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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