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佐田介石 さだ かいせき

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美術人名辞典の解説

佐田介石

幕末・明治の真宗本願寺派の僧・天文・経済学者。肥後生。肥後国正泉寺住職佐田氏の養子。幼名は観霊、字は断識、号は等象斎。本願寺東福寺南禅寺などで修行、仏教の教理にもとづく天文・暦法の研究を行う。著書に『栽培経済論』『仏教開国論』等。明治15年(1882)歿、65才。

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デジタル大辞泉の解説

さだ‐かいせき【佐田介石】

[1818~1882]浄土真宗の僧、国粋主義者。肥後の人。仏教の須弥山(しゅみせん)説をもって地動説を排斥し、独自の経済論をもって国産品愛用運動を起こした。著「栽培経済論」など。

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百科事典マイペディアの解説

佐田介石【さだかいせき】

明治初期の国粋主義者。浄土真宗の僧。肥後(ひご)の生れ。本願寺学林に学ぶ。欧化政策に抗して仏教に基づく天文学,地理学,経済論などを唱え,〈ランプ亡国論〉を説くなど独特な舶来品排斥,国産品愛用運動を展開した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐田介石 さだ-かいせき

1818-1882 幕末-明治時代の僧。
文化15年4月8日生まれ。浄土真宗本願寺派。肥後(熊本県)正泉寺の住職。仏教の須弥山(しゅみせん)説にもとづく天動説を主張。維新後も文明開化に反対し,舶来品排斥をとなえた。とくにランプ亡国論は有名。明治15年12月9日死去。65歳。本姓は広志。字(あざな)は断識。通称は観霊。号は等象斎。著作に「鎚地球説略」「栽培経済論」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

佐田介石

没年:明治15.12.9(1882)
生年:文政1.4.8(1818.5.12)
明治前期の国粋主義者,僧侶。字は断識,等象斎と号す。肥後国八代郡種山村(熊本県東陽町)に浄立寺住職広瀬慈博の子に生まれ,のち正泉寺佐田氏の養子となる。天保6(1835)年京都に出て本願寺で仏教学を学ぶ。幕末には,洋学の説く地動説に反対し,仏教の須弥山説に基づく天文暦法を研究し,『視実等象儀詳説』を著し天動説を唱え,護法,反キリスト教の立場に立った。この考えは維新後の文明開化の風潮へ反対することとなった。さらに当時の経済状況を憂い,富国策として国産奨励,舶来品排斥を主張し,『栽培経済論』を著した。そのなかでは有名なランプ亡国論があり,また鉄道亡国論,あるいは牛乳大害論,蝙蝠傘四害論,太陽暦排斥,簿記印記無用論などの奇説を展開した。この実践のため,国産品使用,舶来品代用品の製造普及,各地での講演宣伝,舶来品排斥結社の結成などの外国品排斥運動を展開,新潟県高田で講演活動中に没した。明治前期における国粋主義思想の前駆として異彩を放った。<参考文献>本庄栄治郎『日本経済思想史研究』

(沼田哲)

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世界大百科事典 第2版の解説

さだかいせき【佐田介石】

1818‐82(文政1‐明治15)
僧侶,欧化政策の反対者。肥後の人。真宗の寺に生まれ,京都で仏教を学んだ。洋学の興隆に反発し,仏教の教理から独自の地動説を考え,須弥山を中心とする天体の運行を主張した。維新後は文明開化に反対し,国産品の愛用,舶来品排斥を主張し,建白書を提出したり,各地を遊説したりした。とくに1880年に書いた《ランプ亡国論》は有名である。【田村 貞雄】

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

佐田介石
さだかいせき

[生]文政1(1818).4.8. 肥後,八代
[没]1882.12.9. 新潟,高田
浄土真宗本願寺派の僧。国産品愛用の経済運動を行い,西洋の天文学を排斥した。著書『栽培経済論』 (1878~79) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐田介石
さだかいせき
(1818―1882)

明治初期の僧、国粋論者。文化(ぶんか)15年4月8日肥後国八代(やつしろ)郡種山村(熊本県八代市東陽町南)の真宗本願寺派の寺院の子として生まれ、のち同国飽田(あきた)郡小島(おしま)(現、熊本市)の正泉寺住職佐田氏の養子となった。16歳のとき京都に出て本願寺で仏教の学を修め、さらに東福寺、南禅寺などで修行した。ランプ亡国論、簿記印記(インキ)無用論などにより、極端な舶来品排斥論者、同運動者として著名。ために悪しき意味の保守反動論者とみなされがちである。確かに、幕末には国事に奔走、維新後も仏教的天文学須弥山(しゅみせん)説により天動説をも唱えたが、主著『栽培経済論』(1878~1879)によれば、外国の事情にもかなり通じ、外国貿易をまったく不必要とはみていない。また医学を修めた彼は、経済循環を人体の血液循環になぞらえて把握、貨幣の流れと財の流れの対応の重要性や消費の経済循環に果たす役割などを強調するなど、当時の経済論のなかで特色ある議論を展開している。固陋(ころう)にすぎた主張があるけれども、自国軽視の風潮のなかで、日本固有の文化を認識し、国産品の愛用、国内産業保護の運動に挺身(ていしん)した彼を、単なる頑迷な保守反動論者として葬り去ることは妥当ではないであろう。主著にはほかに『点取交通論』(1877)、『栽培経済問新誌』(1881)など。明治15年12月9日新潟県高田を巡教中客死した。[多田 顯]
『『本庄栄治郎著作集2 日本経済思想史』(1971・清文堂出版)』

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