他人の名義をいつわり,または仮設人の名称を使用して手形行為(振出し,裏書,保証,引受けまたは参加引受け)を行うことを手形の偽造といい,偽造の手形行為のある手形を偽造手形という。手形の偽造は,例えばBがAの許しをえないでAの振出人としての署名(記名捺印(なついん)を含む。以下同じ)を手形に記載し,これをA振出しの手形として流通させる場合である。これに対して,BがAの許しをえないで〈A代理人B〉などと記載して手形行為をするのは無権代理であって,偽造ではない。ただし,広義では手形の偽造は無権代理を含むと説く見解もある。署名以外の手形の記載内容をいつわるのは偽造ではなく,変造である(手形法69条)。
被偽造者が偽造の手形行為を追認したときは,その者は手形上の責任を負う(1966年の最高裁判決)。すなわち,手形の振出人,裏書人,保証人,引受人または参加引受人として,手形所持人に対して手形の記載に従い手形金額および利息等の支払をする責任を負担する。しかし,追認をするか否かは被偽造者の自由である。追認をしない場合には,被偽造者は責任を負わないのが原則であるが,この場合でも,(1)相手方が偽造者に被偽造者名義の手形行為をする権限があると信じ,相手方がそのように信じたことについて正当な理由があるときなどには,被偽造者は,表見代理の法理(民法109,110,112条)の類推適用により,手形上の責任を負わなければならない(1964年および68年の最高裁判決)。また,(2)偽造者が被偽造者の被用者であって,手形の偽造がその事業の執行につきなされたときは,被偽造者は民法715条の使用者責任の法理により,手形の所持人に対して損害賠償責任を負う(1961年の最高裁判決)。
偽造者は,偽造手形を取得して損害をうけた者に対し不法行為による損害賠償責任を負う(民法709条以下)。偽造者の手形上の責任の有無については,手形上にその者名義の署名がないことからその責任を否定するのが従来の通説的見解であったが,最近の最高裁判例は,偽造者は無権代理人の責任に関する手形法8条の類推適用によりみずから手形金額の支払をする責任を負うとしており(1974年の最高裁判決),学説上も最近はこの結論に賛成のものが多い。手形に偽造の署名がある場合でも,他の署名者の責任は,それによって影響をうけない。
以上述べたのは手形法および民法上の問題であるが,刑法上は,手形の偽造は有価証券偽造および虚偽記入の罪(刑法162条)に該当する。ただし,刑法上の偽造の概念は手形法の場合とはやや異なる。例えば,刑法上の手形の偽造は振出しの偽造のみをいう。裏書,引受け,保証等の偽造は,刑法上は〈虚偽記入〉にあたる。なお,偽造手形について述べた以上のことがらは,偽造小切手についても基本的に妥当する。
→有価証券偽造罪
執筆者:中西 正明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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