地方公共団体の制定する条例で,主として道路・公園その他公共の使用に供される場所における集会,集団行進,集団示威運動(デモンストレーション)を取り締まる目的で各種の制限を定めるものの総称。公安条例を正規の表題とするものはなく,〈集会,集団行進及び集団示威運動に関する条例〉(東京都,京都市等),〈行進又は集団示威運動に関する条例〉(愛知県等),〈多衆運動に関する条例〉(石川県等)等の表題をもつ。これらの条例は,〈公共の安全〉ないし〈公共の安寧〉保持のため,集会,集団行進,集団示威運動を行おうとする者に対し,公安委員会に届出(群馬県,徳島市等)またはその許可を受けなければならない(東京都その他県,市条例の大多数)と定めている点に共通性をもつ。
公安条例は,1948年7月7日の災害治安に関する福井市条例および同月16日の福井県条例を別とすれば,占領軍当局の示唆の下に制定された同年7月31日の大阪市の〈行進,示威運動及び公の集会に関する条例〉をもって嚆矢(こうし)とするようで,その後占領軍の勧告や国際的・国内的環境の影響も受けて,多くの地方公共団体が公安条例を制定した。講和以後公安条例を廃止する例も少なからずみられたが,今日なお相当数の公安条例が存続している。公安条例のない地方公共団体では道路交通法による取締りがなされているが,公安条例のあるところでも条例と道路交通法による二重の取締りがなされ,公安条例のある地方とそうでない地方との間には集団行動の規制という点では本質的な違いはみられないようである。
日本国憲法21条は,結社の自由,表現の自由と並んで集会の自由を保障しており,集会はもちろんのこと,集団行進および集団示威運動も集会の意思の表現形態ないしいわば〈動く集会〉として集会の自由の保障の内容をなすものとみることができるが,対外的意思表示の面それ自体を独自にとらえてむしろ端的に表現の自由の保障の内容と解することも可能である。実際マス・メディアを積極的に利用することのできない一般の国民が,その意思を表現する手っとり早い方法として,集団行進等の意義が力説されることが多い。
集会・集団行進等は,多人数の集積された意思の表現として,それ独自の強い社会的・政治的インパクトをもちうるところから,昔から為政者は集会・集団行進等には神経質で,戦前の日本でも広範な規制がみられ,今日の世界でも,為政者にとってつごうのよい官製の集会,集団行進等が積極的に利用される一方で,自発的なそれは徹底した禁圧の対象とされている国が少なくない。この点,近代立憲主義的憲法観の系譜に属する憲法は,集会・集団行進等に対して最大限の自由を保障しようとしているが,その場合でも憲法中に多かれ少なかれなんらかの限定を付する(例えば,平穏な集会または非武装の集会に限定するとか,〈公共の秩序に従って〉行使されることを要求するなど)ことが多いのとは違って,日本国憲法による集会の自由の保障は無条件的である。このことは,戦前の経験にも照らし,日本国憲法の集会の自由の保障に対する強い決意を示すものともいえるが,集会の種類によっては,言論・出版の場合とは違って,道路・公園等の利用という公衆の社会生活上不可欠の要請と衝突し,あるいは集会の競合による混乱発生の可能性をはらんでおり,人権相互の調整という見地からするそれ独自の内在的制約に服する余地のあることは否定しがたい。
問題は,公安条例による規制がそのような内在的制約の枠内におさまっているかどうかである。この点,とりわけ多くの公安条例が採用している許可制を問題とし,そのような枠を越えているとする違憲論も強く,下級審の判決の中にも違憲と断ずるものもいくつかみられた。最高裁判所は,54年11月24日の判決(いわゆる新潟県公安条例判決)で,単なる届出制ではなく,一般的な許可制を定めてこれを事前に抑制することは違憲であるとしつつも,特定の場所または方法につき合理的かつ明確な基準下での許可制または届出制であれば許されるとの考え方を示し,また,公共の安全に対し明らかな差し迫った危険が予見されるときは集団行進等を許可せずまたは禁止できる旨の規定を設けることも憲法違反とはいえないとした。このようにとらえられた制約基準それ自体についても,またその基準の適用のあり方についても批判のありうるところであるが(上述の判決は〈公安を害する虞(おそれ)〉としか規定しない新潟県条例を〈条例の趣旨全体〉から結局合憲とした),他方,最高裁判所は,その後,集団行動の危険性を重くみてかかる基準から逸脱するかの観を呈する判決を行ったこともある(1960年のいわゆる東京都公安条例判決)。昭和40年代に入って実体的デュー・プロセス(適法手続)論あるいは運用違憲や厳格解釈等の手法による下級審の公安条例違反事件に対する無罪判決が続出したが,最高裁判所は,75年の一連の判決で,集団行進等に際しての遵守事項を定める条例の規定が明確性を欠き違憲であるなどの主張をしりぞけている。もっとも,1960年の判決にみられたような集団行動を危険視するがごとき表現は消え,むしろ集団行動の意義を評価するようなところもあって,1960年の判決との質的転換をみる余地ももっている。
執筆者:佐藤 幸治
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地方公共団体が、社会・公共の安全と秩序を守る目的で、主として屋外の公共の場所で行われる、集会、集団行進、集団示威運動等を規制するために定めた条例の通称。その内容は条例ごとに若干異なるが、これらの集団行動を事前の許可制ないし届出制の下に置き、所要の取締り権限を警察に与え、違反者に刑罰を科する点で共通性がある。この意味での公安条例の先駆は、占領軍の非公式指示により1948年(昭和23)7月31日に制定された大阪市の「行進、示威運動及び公の集会に関する条例」であり、その後多くの公共団体が占領軍の要請で公安条例を制定した。1954年の改正警察法公布に伴い、公安条例が廃止される例は少なからずみられたが、今日も相当数が存続している。
集団行動は、「動く公共集会」として集会の自由に含まれると解するにせよ、「その他一切の表現の自由」に含まれると解するにせよ、表現の自由を定める憲法第21条によって保障されていることは疑いない。表現の自由は個人の人格にとって不可欠であるのみならず、民主主義実現の基盤をなすものであり、これが十分に保障されていなければ、民主国家としての成立は望みえない。ただ集団行動は、一定の場所に多人数が集まり、あるいは路上を行進するものであるから、他の国民の権利との調整を必要とする。問題は、集団行動の民主的意義にかんがみ、公安条例がその規制に、慎重を期するものであるかどうかである。
最高裁判所は、1954年の新潟県公安条例判決で、一般的な許可制による集団行動の事前抑制は違憲であるとしつつも、特定の場所または方法につき合理的かつ明確な基準の下での許可制または届出制は許されるとし、公共の安全に対し明らかな差し迫った危険を及ぼすことが予見されるときにのみ禁止できるとした。その後、1960年の東京都公安条例判決で、集団暴徒化論を説いて前記の基準からの逸脱をみせ、1975年の一連の判決では、集団行動を危険視する表現は控えたが、それを純粋な言論活動に劣位させる姿勢は踏襲している。また、公安条例の多くは文言(もんごん)があいまいであることから憲法第31条(罪刑法定主義)違反の疑いがあるが、最高裁判所はかかる主張を退ける態度を示している。
[糠塚康江]
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交通秩序を保全し公共の秩序を維持するために,地方公共団体が集会やデモ行進を規制し取り締まる条例。1948年(昭和23)10月大阪市が朝鮮人学校閉鎖問題に端を発したデモの頻発を背景に,占領軍の指示をうけて「行進及び集団示威運動に関する条例」を制定したのが初例。以後同種の条例の制定があいついだが,49年東京都で制定の際,反対する人々が都議会に押しかける事態もあった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…それ以前には条例には国の法令の地域的補完機能が濃く,条文も国ないし府県の用意した〈モデル条例〉を機械的に適用したものが多かった。また〈公安条例〉のように政治的に法律制定が難しい事項について国が条例制定を指導し,それを受けて制定されたものもある。学問的にも〈法令の先占理論〉にみるごとく条例は法令に従属するものと位置づけられていた。…
…ところで,届出制における届出の受理は,一般に,行政庁のたんなる判断や認識の表示を内容とするいわゆる準法律行為的行政行為であって,そこには行政裁量の余地がなく,適法な届出に対しては,行政庁はその受理を拒むことができないとされている。しかし,届出制であっても,例えば,地方公共団体のいわゆる公安条例に基づく届出のように,届出の受理にあたって各種の条件を付与する権限を公安委員会に与え,その条件に反して実施された集団示威運動などに対して刑事罰を定めているものがある。この場合には,法文上は届出制であっても,その運用のいかんによっては実質的に許可制と異ならない結果となり,公安条例については表現の自由の事前抑制禁止の原則との関係でつとにその問題性が指摘されている。…
※「公安条例」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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