公理系とは,公理的体系の略称であって,とくに自然科学的学問を体系づける方法のひとつである。そのもっとも古い,しかも有名な例はユークリッド幾何学の体系であるが,20世紀に入って,いっそう明確な性格づけが与えられるようになった。その基本的な着想はつぎのようなものである。まず,一定の学問体系において基本的前提と考えられる命題の一定の組を選び出して,それらを公理axiomと呼ぶ。公理から一定の推理(推論)方法によって得られる結論を定理theoremと呼ぶ。このような形で学問を体系化することを公理化axiomatizationという。ユークリッド幾何学とは,ユークリッドの公理を基本的前提として,演繹的推理を用いることによって得られる,いわゆる幾何学的諸定理の総体の呼称にほかならない。
現代における公理系の代表例には,論理学(命題論理と述語論理を含む体系),数学における自然数論と集合論などがあるが,まず論理学の公理系を例として説明を加えよう。論理学の公理系とは,科学,とくに数学で用いられる推論,つまり演繹的推理の方法を公理的体系として組織したものである。はじめに,公理として基本的な推理方法を表現する若干個の論理式logical formulaをとる。論理式とは,推理に登場する命題あるいは命題間の関係を記号を用いて図式的に表現したものである。つぎに,論理式から他の論理式を得るための変形規則transformation ruleの若干個が与えられる。これは,ユークリッド幾何学の公理系における推理方法に当たるが,われわれの対象としているのは推理方法自体であるため,変形規則と呼ばれ,代数学における代入操作のような簡単な操作として表現される。変形規則を公理という論理式に適用すれば,公理以外の論理式が得られるが,公理を出発点として変形規則をくりかえし適用することによって得られる論理式は,論理学の定理と呼ばれる。定理を得るための規則の適用過程はその定理の証明proofと呼ばれる。数学の一部門としての自然数の理論は,現代では,このように公理化された論理学の体系を基にして,公理化される。たとえば,公理として,任意の自然数をx,yとすると0≠x+1,x+1=y+1ならばx=yといった,自然数の基本的性質を示す命題が与えられる。これらの命題は,適当な形での論理式によって表現されるから,これらの公理から論理の定理,つまり一定の推理方法を適用することによって,自然数論の定理が得られることになる。この場合の証明とは自然数論の公理系の公理から始まる論理学の定理の適用過程にほかならない。
公理化にさいしては,極力簡素化を図るのが普通である。そのため,自然数論の公理化においては,たとえば=は用いられても,大小関係≦は,最初から導入されてはいない。その理由は,x≦yはx+z=yとなるような自然数z(z=0を含む)が存在すると表現できる,すなわちx≦yは=と+を用いて定義できるからである。一般に,公理化における定義とは,より長い表現の省略形として与えられる。したがって,公理系には,最初から与えられている原初記号(上例の=と+)と原初記号によって与えられる定義記号(上例の≦)が存在する。ところで,このような公理系は,いくつかの重要な条件をみたすことが要求される。学問の公理化を試みる際,既存の学問のかなり漠然としてまとまりのない理論を公理系として構成し直そうとするのが,普通である。自然数論の公理化は,いわゆる算数の知識といった未組織理論の公理化を目ざしている。そこで,一定数の公理を選ぶときに,それらの公理が,もともとの未組織理論で定理と呼ばれていたものを公理系での定理として過不足なく与えてくれることが望ましい。もし公理がこの条件をみたしていれば,その公理系は公理化以前のもともとの理論に対して完全completeである,といわれる。一方,公理系は,その公理から矛盾が生ずるようなものであれば,その存在理由を失ってしまうといってよい。それゆえ,当然のことながら,公理系においては矛盾の生じないこと,すなわち,無矛盾性consistencyが要求される。さらに,公理のうちには余分なもの,つまり他の公理から得られるものが含まれていないことが望ましい。この条件は公理の独立性と呼ばれる。
これらの条件を,上で言及した公理系のそれぞれについて検討してみると,興味深い考察が得られる。古代ギリシア以来の伝統的なユークリッド幾何学に対して,平行線の公理を他の公理から導き出そうとする試みは,しばしばくり返された。その種の試みが失敗に終わった結果,平行線の公理は他の公理から独立であるとみなされ,独立な公理を省いた部分的な公理系を基礎として非ユークリッド幾何学が誕生したのは有名な話である。論理学の公理系は,無矛盾性,独立性をみたすように与えられ,しかもそれは完全性もみたすことが証明されている。それはわれわれの行う演繹的推論を適切に表現していると考えてよいのである。ところが,自然数論の公理系は,それが数学のきわめて基礎的な分野であるにもかかわらず,無矛盾で独立な公理系として与えられてはいるが,完全であるとはいいがたいのである。現代数学のほとんどの分野を覆うことができる集合論も公理化されているが,この公理系の無矛盾性の明確な証明を与えることはきわめて困難である。また,その公理系の重要な公理,たとえば選択公理や連続体仮説の独立性の問題は,1960年代に肯定的に答えられるようになった。しかし,完全性の問題については,それが自然数論の公理系を含むといってよいので,自然数論の場合以上に困難であると考えられている。
執筆者:大出 晁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…そして19世紀後半にはユークリッドの欠陥を補う研究がパッシュM.Pasch(1843‐1930)らによって行われた。これらの先駆的研究の後,ついにヒルベルトによって,ユークリッド幾何学の完全な公理系system of axiomsが与えられ,それが純粋な論理体系として完ぺきな形で構成されたのである。 《ストイケイア》における定義をみると,その中には,円の定義のように推論で有効かつ本質的に用いられているものもあるが,点や直線の定義のように推論でその内容が全然効いていないものもある。…
※「公理系」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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