数人が共同して一つの不法行為を行うこと。例えば数人が共謀して他人を襲い,その人の物をこわし,また負傷させた場合には,この襲撃に参加した数人の行為が一つの不法行為として把握され,共同不法行為と呼ばれる。これは講学上狭義の共同不法行為といわれるもので,民法719条1項前段所定の,数人が各自連帯して負う損害賠償義務を発生させる事実(法律要件)である。これに対して広義の共同不法行為は,民法719条が定める数人の行為者の連帯損害賠償義務を発生させる,すべての場合を含んだものである。この中には,狭義の共同不法行為のほかに,数人の投石のうちだれの投げた石が被害者に命中したのか判然としない場合のような,加害者不明の場合(同条1項後段)と,ある人が他人に不法行為を行うよう唆(そそのか)したり,他人の不法行為の実行を助ける場合(教唆,幇助。同条2項)が含まれる。立法系譜としては,共同不法行為者に連帯責任を負わせるという制度は,フランス民法典には直接規定されていない。ドイツ民法草案の共同不法行為の規定にならって,日本民法の共同不法行為の規定が置かれたものと思われる。
近代民法の原則からみれば,各人は自己の不法行為から生じた損害についてのみ賠償義務を負えば足り,他人の行為の結果についてまで責任を負ういわれはない。ところが共同不法行為であると認められると,数人の行為者は,共同不法行為から生じたものとされた全損害について,連帯して損害賠償義務を負わされる。つまり生じた損害額を数人の不法行為者に分割して負担させる場合(分割責任)よりも,共同不法行為者の責任は重くなっている。この重い責任を課するためには,数人の行為の〈共同〉,または教唆・幇助といった,特別の事情がなければならない。他方,これらの事情が具備されていれば,共同不法行為者とされた数人中,だれの行為がどの損害の部分の原因であるのかといった点を,被害者は明らかにできなくても,全損害の賠償を共同不法行為者に求めることができる。また加害者の側で,だれの行為がどの損害の部分の原因かを明らかにしても,共同不法行為である以上共同不法行為者は全損害につき賠償義務を負わねばならない(加害者不明の場合は除く)。しかも共同不法行為の成立が認められれば,数人の不法行為者が共同不法行為から生じた全損害につき連帯責任を負うから,この数人の賠償義務者の中に損害賠償を支払うだけの資産を持っていない者が含まれていても,被害者は他の共同不法行為者のいずれかに対し,全損害の塡補(てんぽ)を受けるまでは,賠償を請求し,取り立てることができる。
現代社会においては,著しい工業技術の発達に伴って,社会のすみずみにまで危険な物(例えば自動車,機械,化学薬品など)が入り込んでくるとともに,商品の製造,流通および消費の過程において細分化した分業と諸活動の複雑な結合が広く行われている。このような社会生活の中で事故やその他の損害事件が発生すると,損害の原因となった社会活動の複雑なしくみが反映されて,複数の人や企業が加害に関与したとみられる事態が増加してきている。例えばコンビナートを形成する多数の企業が大量の煙を排出し,そこに含まれた有害物質により健康侵害がひき起こされたような場合が,その典型である(例えば四日市喘息)。また双方の運転者の故意・過失が重なって2台の自動車が衝突し,そのまきぞえで同乗者や通行人が負傷した場合にも,複数の加害者が一つの事故を起こしている。しかもこれらの場合には,個々の加害者の行為から損害のどの部分が発生したのかを特定することは困難である。そして共同不法行為の成立が認められれば,まさにこの困難が除去されることになるのである。それゆえ共同不法行為の制度は,交通事故や公害をはじめとする,高度に発達した工業技術化社会において多発する損害からの法的救済手段として,重要な意味をもつに至っている。
→不法行為
執筆者:錦織 成史
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[特殊な不法行為]
日本の民法では,これまで説明してきた709条の一般的不法行為のほかに,いくつかの特殊な不法行為の規定が定められている。責任無能力者の監督者の責任(714条),使用者責任(715条),工作物責任(717条),動物占有者責任(718条),および共同不法行為(719条)がそれである。これらの諸規定による不法行為責任は,支配的見解によれば,土地の工作物の所有者の責任(717条1項但書)を唯一の例外として,いずれも過失責任の原則に立脚したものと解されている。…
※「共同不法行為」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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