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共和演説事件 キョウワエンゼツジケン

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デジタル大辞泉の解説

きょうわえんぜつ‐じけん【共和演説事件】

明治31年(1898)、第一次大隈内閣の文相尾崎行雄の舌禍事件。金権万能の現状を批判し、日本が共和制になったら、三井・三菱が大統領候補になるだろうとの演説が不敬とされ、尾崎は辞任、内閣崩壊のきっかけとなった。

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百科事典マイペディアの解説

共和演説事件【きょうわえんぜつじけん】

1898年,尾崎行雄による不敬演説事件。初めての政党内閣・第1次大隈重信内閣で文相だった尾崎行雄が,帝国教育会での演説で拝金主義傾向を憂い,共和制を想定した比喩表現で強く批判したことが問題視された。

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大辞林 第三版の解説

きょうわえんぜつじけん【共和演説事件】

1898年(明治31)に起きた第一次大隈内閣の文相尾崎行雄の舌禍事件。日本に共和政治が実現したら三井・三菱は大統領候補になるだろうと、当時の金権主義政治を批判した尾崎の発言が不敬とされ、尾崎は文相を辞任、内閣も総辞職した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

共和演説事件
きょうわえんぜつじけん

第一次大隈重信(おおくましげのぶ)内閣(隈板(わいはん)内閣)の文相尾崎行雄の演説が問題化し、内閣瓦解(がかい)の発端となった事件。尾崎文相が1898年(明治31)8月21日帝国教育会での演説で、当時の金権万能主義の風潮を批判し、もし日本に共和政治が実現するとすれば三井、三菱(みつびし)が大統領候補となるであろうとの発言が問題化した。まず、宮中方面から批判の声があがり、政党内閣に批判的な枢密院、貴族院に非難の声は広がり、さらに与党憲政党内の旧自由党派の実力者星亨(ほしとおる)が駐米公使を辞任して帰国していたが、陸相桂(かつら)太郎らとひそかに連携して尾崎排除をもくろみ、新聞論調も尾崎攻撃を開始した。尾崎は10月24日天皇の信任も失い辞任を余儀なくされた。しかし、その後任をめぐって旧進歩・自由党両派の対立は深刻化し、妥協点をみいだすことができないため、大隈首相は独断で進歩派から犬養毅(いぬかいつよし)を推した。これに対し就任式当日の10月27日、内相板垣退助(たいすけ)が反対意見を上奏、翌日板垣ら自由派3大臣が辞任、さらに与党憲政党も分裂し、内閣は31日崩壊した。[宇野俊一]

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