憲政党(読み)ケンセイトウ

デジタル大辞泉 「憲政党」の意味・読み・例文・類語

けんせい‐とう〔‐タウ〕【憲政党】

明治31年(1898)、大隈重信総裁板垣退助内相とし、自由党進歩党合同により結成された政党。日本最初の政党内閣隈板わいはん内閣)を組織したが、同年、憲政党と憲政本党分裂

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「憲政党」の意味・読み・例文・類語

けんせい‐とう‥タウ【憲政党】

  1. [ 一 ] 明治三一年(一八九八板垣退助の自由党と大隈重信の進歩党が合同して結成した政党。憲法擁護、政党内閣樹立を掲げ、同年六月日本最初の政党内閣(板隈内閣)を組織したが、内部対立のため四か月で崩壊。旧自由党系の憲政党と旧進歩党系の憲政本党に分裂した。
  2. [ 二 ] 明治三一年一〇月、憲政党の分裂後旧自由党系がその名を踏襲した政党。同三三年解党し、立憲政友会に参加した。新憲政党。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「憲政党」の意味・わかりやすい解説

憲政党【けんせいとう】

明治時代の政党。反伊藤博文藩閥政府の点で団結した自由党進歩党が合同して1898年に結成。党首大隈重信憲政擁護政党内閣の樹立が綱領。大隈首相,板垣退助内相で初の政党内閣(隈板内閣)を実現。母体となった両党の党内対立の激化山県有朋らの策動で4ヵ月で崩壊。旧進歩党系は11月に憲政本党を組織。旧自由党系は1900年に立憲政友会合流。→大隈重信内閣
→関連項目伊藤博文内閣共和演説事件自由党史東海散士星亨山県有朋内閣

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

改訂新版 世界大百科事典 「憲政党」の意味・わかりやすい解説

憲政党 (けんせいとう)

(1)自由党と進歩党の合同で成立した政党。1898年,自由党と進歩党が,第3次伊藤博文内閣が第12議会に提出した地租増徴法案に反対して接近し,衆議院解散後の6月22日,両党を中心に結成した。綱領には政党内閣の樹立,地方自治の発達,通商貿易の拡大,産業の振興,国勢に適当した軍備などを掲げた。27日新政党の事実上の指導者大隈重信と板垣退助に組閣の大命が下り,陸海軍大臣を除く全閣僚をはじめ,各省次官や警視総監などに同党幹部が就任して,日本最初の政党内閣が出現した。8月の総選挙で260名が当選して絶対多数の安定与党となったが,党員の就官要求は強く,尾崎行雄文相の共和演説事件を契機に宮中など特権官僚勢力からの攻撃も強まり,10月尾崎は辞任し,それにともなう後継問題で自由・進歩両派の対立は激化した。犬養毅が文相に就任したため29日旧自由派が分裂して党名や綱領などを継承し,他方旧進歩派は11月3日憲政本党を結成した。

(2)1898年10月29日,憲政党内の旧自由派が党名と綱領を継承して結成した政党。第2次山県有朋内閣と提携して第13議会で地租増徴法案を成立させて日清戦後経営の財政的基盤を整えたが,議会後の99年,政府が文官任用令を改正して政党員就官の道を制限したため党内は動揺した。しかし同年の府県会議員選挙では与党として優位に立ち党勢を拡大し,第14議会でも政府提出議案の実現に努めた。議会閉会後の1900年3月末から,山県首相と政権参加の交渉をはじめ,5月末交渉が不調に終わったため,元老伊藤博文が構想する立憲政友会結成への参加を試み,9月13日解党し,15日政友会発会式に臨んだ。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「憲政党」の意味・わかりやすい解説

憲政党
けんせいとう

明治時代後期の政党。

(1)1898年(明治31)自由党と進歩党が、第三次伊藤博文(ひろぶみ)内閣の第12議会に提出した地租増徴法案に反対して提携を強め、衆議院解散後の6月22日合同して結成した政党。新政党の事実上の指導者大隈重信(おおくましげのぶ)、板垣退助(たいすけ)を中心に組織したいわゆる隈板(わいはん)内閣(第一次大隈内閣)の与党となり、8月の総選挙で260議席の絶対過半数を獲得した。しかし党内の就官要求は抑えがたく、尾崎行雄(ゆきお)文相の共和演説事件を機に官僚勢力からの攻撃も強まり、尾崎辞任後はその後任をめぐって旧自由・進歩両派の対立が激化し、10月に分裂して、29日旧自由派は新たに憲政党を、11月3日旧進歩派は憲政本党を結成した。

(2)1898年(明治31)10月29日、旧自由派を中心に結成された政党。12月には第二次山県有朋(やまがたありとも)内閣と提携し、第13議会に提出された地租増徴案に賛成した。議会後、政府が文官任用令を改正して政党員の就官を制限したため党内は動揺したが、同年の府県会議員選挙で与党の条件を利用して党勢を大幅に拡張した。この間、憲政党の分裂から山県内閣との提携関係を維持する過程での、党内におけるリーダーシップは星亨(とおる)の手腕に依拠するところが大きかった。1900年(明治33)5月、山県首相との党員入閣交渉に失敗すると、急速に伊藤博文の新政党結成の動きに接近し、9月13日解党して立憲政友会の創立に参加した。

[宇野俊一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「憲政党」の意味・わかりやすい解説

憲政党
けんせいとう

日本の政党。 1898年6月 29日自由党 (党首板垣退助 ) と進歩党 (党首大隈重信 ) が憲法擁護,政党内閣樹立を掲げ,藩閥勢力の打倒を目指して合同,結成した。同月大隈を首相,板垣を内相とする日本最初の政党内閣を成立させたが,旧自由党系と旧進歩党系の反目から衝突,内閣は4ヵ月で倒れ,党は分裂解消された。しかし,同年 10月,旧自由党系党員が板垣を党首として新憲政党を結成,一方大隈ら旧進歩党系は憲政本党を結成した。新憲政党は第2次山県有朋内閣を支持したが,1900年に提携を打切り,この年に伊藤博文がつくった立憲政友会に合流し,解党した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「憲政党」の解説

憲政党
けんせいとう

明治30年代の政党。1898年(明治31)6月,第3次伊藤内閣の地租増徴案に反対して連携した自由党と進歩党が合同して結成。第1次大隈内閣の与党となり,同年8月の第6回総選挙にも大勝したが,旧自由・旧進歩両派の対立などにより10月には内閣が瓦解,憲政党も旧自由党系の憲政党と旧進歩党系の憲政本党とに分裂した。星亨(とおる)の指導する憲政党は第2次山県内閣と提携,地租増徴賛成に踏み切った。山県内閣が憲政党員の入閣要求を拒むと伊藤博文に接近,憲政党は1900年9月に解党して立憲政友会に合流,その中心を占めた。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「憲政党」の解説

憲政党
けんせいとう

明治時代の政党(1898〜1900)
第3次伊藤博文内閣が第12議会に地租増徴案を提出すると,野党はこれを解散に追い込み,ついで自由・進歩両党は合同して憲政党を結成した。伊藤内閣の倒壊後,大隈重信・板垣退助を中心とするいわゆる隈板 (わいはん) 内閣を組織したが,間もなく憲政党(旧自由党系)と憲政本党(旧進歩党系)に分裂,前者は1900年に解党し立憲政友会に合流した。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の憲政党の言及

【大隈重信】より

…88年外務大臣となり条約改正にあたったが国権論者に反対され,翌年排外主義者による爆弾事件で右脚を失い,辞職した。96年進歩党を結成して党首となり,第2次松方正義内閣の外務大臣となったが,98年6月に板垣退助と憲政党を結成して日本最初の政党内閣(隈板内閣)を組織した。しかしこの内閣は,薩長藩閥ならびに官僚グループの抵抗と党内の自由,進歩両派の対立から,みるべき政策を展開することなく10月に瓦解した。…

【進歩党】より

…第11議会には内閣不信任案を支持して衆議院は解散されたが松方内閣も辞職を余儀なくされた。翌98年1月成立した第3次伊藤博文内閣との提携条件が不調に終わり,第12議会では野党として自由党とともに地租増徴案を否決し,再び衆議院は解散,その間に両党は接近し6月22日合同して憲政党を結成した。【宇野 俊一】(2)大日本政治会に結集し,翼賛体制を担っていた議員たちの主力が,第2次大戦直後の社会状況における保守安定勢力の形成を意図して1945年11月16日に結党した政党。…

【帝国議会】より

…したがって,政党の主要な基盤とされる地主階級の利害に直接かかわる地租増徴法案が提出されると,政党はこれに反対し,第2次松方正義,第3次伊藤博文の両内閣はあいついで退陣を余儀なくされた。しかし,この地租増徴案への反対を機に自由,進歩両党が合同して憲政党を結成し,その多数党を背景に大隈,板垣を中心とする隈板内閣が日本最初の政党内閣として出現すると,特権的な軍部や官僚勢力はこれに反発し,貴族院も議会開会をまって内閣不信任案の提出を企てたが,内閣はそれ以前に内部対立のため崩壊した。こうして日清戦争後には政党の政治的比重は上昇したが,まだ政党独自で政権を担当する条件はなく,政局の不安定が続くなかで元老伊藤博文は国家的政党の結成をめざして1900年に立憲政友会を組織した。…

※「憲政党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android