日本大百科全書(ニッポニカ) 「再生産過程」の意味・わかりやすい解説
再生産過程
さいせいさんかてい
Reproduktionsprozess ドイツ語
どのような社会においても、人間は消費手段を消費しなければならず、それに対応して生産も年々継続的に行われなければならない。生産の継続的反復とそれによる消費の反復過程を再生産過程という。生産の形態が、生産手段をだれが所有しているかに応じて種々の歴史的発展段階で異なるのと同様に、再生産の形態もそれぞれの発展段階で異なる。
[二瓶 敏]
資本・賃労働関係の再生産
資本主義社会においては、生産は資本・賃労働関係を媒介として行われており、再生産過程を通してこの関係が再生産されていく。すなわち、生産の開始にあたって資本家は資本を生産手段と労働力に投下し、それを結合させることによって剰余価値を含んだ生産物を生産する。この生産物は生産手段を所有する資本家のものであり、資本家はそれを市場で販売することによって、当初投下した資本を回収すると同時に、剰余価値を実現する。回収された資本がふたたび生産手段と労働力とに投下されることによって再生産が可能となるが、この場合、剰余価値を資本家がすべて個人的に消費してしまえば単純再生産が、剰余価値の一部が蓄積されれば拡大再生産が行われる。これに対して、労働者階級は一定の時間決めで労働力を資本家に販売し、その対価として受け取った賃金で自ら生産した生産物の一部を資本家から買い戻して、それを個人的に消費することにより労働力を再生産する。資本主義のもとでは賃金は労働力を再生産するのに必要な限度内に押しとどめられるので、労働者階級はふたたび労働力を販売せざるをえない。このように資本制的再生産過程は、資本・賃労働関係を絶えず再生産していくのである。
[二瓶 敏]
社会的総資本の再生産と流通
資本制的再生産過程は、生産の反復過程であると同時に、商品の売買が行われる流通過程によって媒介されており、この流通の媒介運動を考慮に入れて、社会的総資本の視角から資本制的再生産過程をいっそう具体的に解明しようとするのが、再生産表式論である。再生産表式論では社会的総資本の年生産物が出発点に置かれている。個々の商品の価値が生産手段の価値移転分cと労働力価値補填(ほてん)分vと剰余価値mから構成されているように、年生産物の価値もc+v+mの3価値から構成されている。この3価値構成に対応して、年生産物は使用価値の点から第Ⅰ部門(生産手段)と第Ⅱ部門(消費手段)とに分けられる。このように2部門に分割され、c+v+mという3価値構成をもつ年々の社会的総生産物の価値素材補填の運動が考察の対象である。
[二瓶 敏]
単純再生産
剰余価値がすべて資本家によって個人的に消費される単純再生産の場合、表式は次のとおりである。
この表式において、資本構成(c:v)は両部門とも4:1、剰余価値率は両部門とも100%と仮定されている。問題は、消費された不変資本がどのように年生産物によって補填されるか、そしてこの補填の運動は資本家による剰余価値の消費および労働者による賃金の消費といかに絡み合っているかということであるが、年生産物の価値素材補填運動は次の三大流通にまとめることができる(以下資本家をK、労働者をPと略記する)。
(1)第Ⅱ部門内部の流通 ⅡPの賃金500とⅡKの剰余価値500は消費資料の購入に支出されるが、その対象はⅡ500v+500mの消費資料として存在している。したがってⅡ500v+500mは第Ⅱ部門内部の交換によってⅡPとⅡKによって個人的に消費される。まずⅡKはⅡPに賃金として貨幣500を支払い、ⅡPはこれをもってⅡKから消費資料500vを購入する。それによってⅡKが賃金としてⅡPに支払った貨幣500はⅡKに還流する。またⅡ500mはⅡK相互の交換によって彼らの個人的消費に入り込む。
(2)Ⅰ・Ⅱ両部門間の流通 ⅠPの賃金1000とⅠKの剰余価値1000は消費資料に支出されなければならないが、Ⅰ1000v+1000mの生産物は、個人的に消費しえない生産手段として存在している。他方、ⅡKでは消費された不変資本を補填するために2000の生産手段が必要であるが、Ⅱ2000cは素材的には消費資料の形で存在している。したがってⅠ1000v+1000mの生産手段とⅡ2000cの消費資料とが両部門間で交換されれば、ⅠPとⅠKは必要な消費資料を入手でき、ⅡKは必要な生産手段を入手できる。この交換は2系列に分かれる。まずⅠPは、ⅠKから受け取った貨幣1000でⅡKから消費資料Ⅱ1000cを購入し、ⅡKはこの貨幣でⅠKから生産手段Ⅰ1000vを購入する。この取引によって貨幣1000は出発点であるⅠKに還流する。さらにⅡKは、貨幣1000を支出してⅠKから生産手段Ⅰ1000mを購入し、この貨幣でⅠKはⅡKから消費資料Ⅱ1000cを購入する。これによって貨幣1000が出発点であるⅡKに還流する。
(3)第Ⅰ部門内部の流通 ⅠKは消費した不変資本4000を現物で補填しなければならないが、Ⅰ4000cは素材的には生産手段の形でⅠKのもとに存在している。したがってⅠ4000cの生産手段はⅠK相互の間で交換される。
以上、第Ⅱ部門内部、Ⅰ・Ⅱ両部門間、第Ⅰ部門内部の三大流通に総括された社会的総生産物の価値素材補填運動の結果として、両部門で消費された不変資本は補填され、両部門の資本家と労働者は必要な消費資料を入手している。こうして同一規模での再生産が行われ、資本・賃労働関係も再生産されていく。この場合、単純再生産の基礎的条件はⅠv+m=Ⅱcである。
[二瓶 敏]
拡大再生産
剰余価値の一部が蓄積されることによって拡大再生産が行われるが、そのためには追加生産手段が必要であり、したがって拡大再生産の場合、第Ⅰ部門の生産物が両部門の不変資本の補填より大であること、すなわちⅠc+v+m>Ⅰc+Ⅱcが条件となる。拡大再生産を次の表式に基づいて考察する。
ここでは第Ⅰ部門の資本構成は4:1、第Ⅱ部門のそれが2:1、剰余価値率は両部門とも100%、第Ⅰ部門が剰余価値の半分を蓄積し、第Ⅱ部門の蓄積がⅠに依存して決まるとする。そして剰余価値のうち資本家の個人的消費部分をmk、追加不変資本をmc、追加可変資本をmvとすれば、拡大再生産の場合の価値素材補填運動は次の分析図に示すことができる。
□で囲まれた部分は先の単純再生産と同様の運動をする。□外の蓄積部分においては、次のような運動が行われる。(1)ⅠKはⅠ400mcの生産手段を相互に交換することによって追加不変資本の投下を行う。(2)ⅠKは100の追加可変資本の投下を行うが、これによって雇われた追加労働者は消費資料Ⅱ100mcを購入する。(3)ⅡKはⅠ100mvの生産手段を購入して追加不変資本の投下を行う。(2)と(3)によってⅠ100mvとⅡ100mcが両部門間で交換されたわけである。(4)ⅡKは50の追加可変資本の投下を行うが、これによって雇われた追加労働者は消費資料Ⅱ50mvを購入する。こうして蓄積部分においても運動は、第Ⅰ部門内部(Ⅰ400mc)、Ⅰ・Ⅱ両部門間(Ⅰ100mvとⅡ100mc)、第Ⅱ部門内部(Ⅱ50mv)の三大流通にまとめることができる。拡大再生産の基礎的条件はⅠv+mk+mv=Ⅱc+mcであり、この条件を通して資本・賃労働関係も拡大再生産されていくのである。
[二瓶 敏]
『「再生産過程表式分析序論」(『山田盛太郎著作集 第1巻』所収・1983・岩波書店)』▽『鈴木春二著『再生産論の学説史的研究』(1997・八朔社)』▽『K・マルクス著『資本論』第2巻第3篇(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』