( 1 )「十巻本和名抄‐二」に「紙老鴟〈略〉此間云師労之」と音読したことが知られるが、この後近世に至るまで用例が見いだせない。
( 2 )「物類称呼‐四」には「紙鳶 いかのぼり」の見出しで、「畿内にて、いかと云、関東にて、たこといふ〈略〉長崎にて、はたと云」とあり、当時はイカノボリが標準的であった。
「十巻本和名抄」に「紙老鴟 弁色立成云〈世間云師労之〉以レ紙為二鴟形一乗レ風能飛一云紙鳶」とあるように、漢語の紙老鴟をシラウシと音読した例があり、凧(たこ)が古くから日本に存在したことが知られるが、その後、江戸時代まで凧を記した文献はなく、用途や語形の変遷は明らかではない。
竹や木を骨にして紙または布、ビニルなどを張り、風力を利用して糸で引き、空に揚げる遊び道具。凧が空高く舞い上がるのは、風の流れぐあいによって生じる揚力(凧を上に揚げようとする力)と、抗力(押し流そうとする力)によるものである。起源はきわめて古く、最初は宗教的な占いや軍事などに用いられた。多くの種類があり、アジア、ヨーロッパ、南太平洋地域など広く世界各地にみられる。
[斎藤良輔]
平安時代以前に中国から伝わり、紙老鴟(しろうし)または紙鳶(しえん)とよばれて、凧揚げは技芸の一種として行われていた。それがしだいに一般化されて発達した。元和(げんな)年間(1615~1624)のころには、長崎代官長谷佐兵衛が、烏賊幟(いかのぼり)にろうそくをつけて夜中に揚げるなど、しだいにくふうされ、江戸時代には正月の子供遊びとして流行するようになった。凧を揚げる時期は、このほか3月、5月の節供や盆に揚げる所もある。本来は単なる遊びではなく、子供の成長を祝い、将来の多幸を祈って誕生祝いなどに揚げた。高知県で還暦の祝いに凧揚げをする風習があるのも、同様の趣旨からであろう。また成人の競技として、大凧揚げや凧合戦などを行う地方があり、現在、埼玉県春日部(かすかべ)市宝珠花(ほうしゅばな)地区、新潟県三条市・新潟市南区白根(しろね)、静岡県浜松市などで、年中行事として行われている。年占い、豊作祈願、厄除(やくよ)けなどいろいろの意味をもっていた。また全国各地に、それぞれの特色をもった郷土凧がある。字凧と絵凧があり、角形、長方形、菱(ひし)形、五角形、六角形などがある。このほか凧の形にあわせて描彩した唐人(とうじん)凧や、各種の細工凧(奴(やっこ)凧、虻(あぶ)凧、あんどん凧ほか)もある。
[斎藤良輔]
中国では凧のことを紙鳶(チーユワン)とか風箏(フォンチョン)とよぶ。子供は時節にかかわらず凧揚げをするが、一般には立春から清明(せいめい)までの60日間が放箏(ファンチョン)(凧揚げ)の季節である。俗信によれば、清明が過ぎて凧を揚げると思いがけぬ災害にあうとか、凧をつかさどる神は清明が過ぎると天に帰るから凧揚げしても高く揚がらないとかいわれる。凧揚げに適さない気候になったことを示すものであろうか。凧の起源として古いものでは、紀元前200年代に漢(かん)の武将韓信(かんしん)が、楚(そ)軍と戦ったときにつくったとか、未央宮(びおうきゅう)との遠近を測るのに用いたなどといわれる。凧の種類は、6、70種類もあり、飛行機、香炉などをかたどったものから、文判官、武判官、牧童、鍾馗(しょうき)などの人物や孫悟空(そんごくう)、さらに福、寿、喜などの文字を書いたもの、雁(かり)、魚、蟹(かに)、百足(むかで)、鳳凰(ほうおう)、孔雀(くじゃく)、飛虎(ひこ)、胡蝶(こちょう)、蜻蛉(とんぼ)などの動物や鳥、昆虫に至るまで、実にさまざまである。北中国では、揚げた凧の糸が風で切れて飛び去ってしまうことを放災(ファンツァイ)といって、災いがなくなったとする。そして災難よけのために、わざと糸を切って凧を飛ばす風習もある。また、南中国では、凧が自分の屋敷内に落ちるのを忌み嫌い、災難が凧にのって家に落ちてきたとしてお祓(はら)いまでしたという。このほか、昔は凧が高く揚がり、雲の中に入るのを吉兆とした。
[清水 純]
中国で発明された凧は、16世紀にオランダ経由で西洋に伝わり、17、18世紀に普及した。凧はそれ以前にも知られていなかったわけでなく、北欧では15世紀に凧揚げが現れ、1450年のウィーンの古文書にも凧のことが出てくる。凧は、秋に子供が揚げた。1752年アメリカのフランクリンが凧で稲妻の放電現象を確かめ、避雷針を発明したように、凧は実用面でもよく利用された。18世紀のゴヤの凧の絵(1778)では、大人たちが長いしっぽのある菱形の凧を揚げている。その菱形を強く下に引っ張ったような十字形骨組みのボウ・カイトbowed kiteが西洋の凧の基本形である。ボウ・カイトで鳥の姿の凧もよくみられる。凧は英語ではトビ、ドイツ語で竜、フランス語でクワガタ虫、スペイン語で彗星(すいせい)を転用する。最近は紙のほかビニルも使い、形も四角、三角、丸、立体具象と多様化し、大人も楽しんでいる。
[飯豊道男]
空中に凧が静止するのは、凧に働く力が全体としてつり合っているからである。凧に働く力は、(1)凧の重量(凧に働く重力)W、(2)凧に働く風の力F、(3)凧糸を通して人間が引っ張る力T、である。この三つの力がつり合うためには、三力の作用線が1点を通り、かつ三力を表すベクトルが三角形をつくらなければならない。このうちFは、風に対する凧の姿勢と風速によって決まるもので、風の向き(水平方向)の成分Dを抵抗、鉛直上向きの成分Lを揚力という。三力のつり合いは次のように解釈される。凧の重量Wを支えるためには揚力Lが必要で、揚力Lに伴って現れる抵抗Dを打ち消すために、糸による推力Tが必要である。
水平飛行する飛行機と比べると、凧は原理的に同じである。ただ、飛行機では、抵抗を打ち消すために、プロペラやジェットなどの推進装置を使うのに対して、凧では人間が糸を引っ張るという違いがあるだけである。飛行機では抵抗Dをできるだけ小さくするように翼の設計が行われ、翼の傾きも小さい。これに反して、普通の凧では風に対する傾きが大きく、凧の前面に沿って流れてきた空気は凧の縁ではがれて、背面には渦の領域ができている。そのため抵抗Dが大きく、これに打ち勝つための推力を大きくする必要がある。凧の揚力Lはその重量Wのみならず、糸の張力の下向き成分Tsinθを支えなければならないが、風速が大きくなると、Lは風速の二乗に比例して大きくなるので、大きいTsinθを支えうることになる。したがって、水平に対する糸の傾きθを大きくすることができる。風速が大きいとき凧が頭上高く揚がるのはこのためである。
風速が変わったり、凧の姿勢が変わったりすると、三力のつり合いは破れる。このとき自動的に凧の姿勢が回復してつり合いの状態に戻る場合、凧は安定であるという。凧がよく揚がるためには、凧は安定でなければならない。凧の形や糸目のつけ方、さらに尾をつけるなどのくふうがされるのはそのためである。
[今井 功]
『伊藤利朗・小村宏次著『凧の科学』(1979・小学館)』▽『広井力著『凧』(1973・毎日新聞社)』▽『広井力著『凧――空の造形』(1972・美術出版社)』▽『比毛一朗『凧大百科――日本の凧・世界の凧』(1997・美術出版社)』
竹や木を組んで骨とし,これに紙や布を張り,糸をつないで,風の力で空中に揚げる玩具。〈凧〉の字は国字である。たこの呼名は江戸時代に江戸から広まったもので,関西では〈いか〉〈いかのぼり〉〈のぼり〉,九州では〈たこばた〉〈はた〉,その他地方によって〈たか〉〈たつ〉〈てんぐばた〉など方言も多い。英語のkiteはトビ,ドイツ語Dracheは竜,スペイン語cometaはすい星,ヒンディー語patangはチョウが原義で,いずれも空を飛ぶものを表している。
たこはアジア,ヨーロッパで古くから作られ,その源流は中国とされるが,起源は不明である。しかし,たこは空高く上がり,糸が切れると遠くに飛び去るので,これに災難を託して厄よけとしたり,あるいは青雲の中に入ると吉兆としたり,あるいは大だこに籠をぶら下げて人が乗り込み軍事的な目的に使用したともいう。中国の《墨子》(前4世紀)には木鳶(もくえん)という名称が見え,漢代初期の韓信は敵の城の距離を測るのに紙鳶(しえん)を作って放ったとの伝説もあるが,実際にははるかに古いものであろう。現在の中国では風箏と呼ぶことが多いが,これはたこにうなりや笛を付けたことに由来する。日本では《田氏家集》(9世紀)に紙鳶と見え,《和名抄》(10世紀)に紙老鴟(しろうし)あるいは紙鳶とあり,そのころまでに中国から伝来したものと思われる。遊びとしてのたこ揚げが盛んになるのは,日本でも西洋でも17世紀に入ってからである。江戸時代になるとまず大坂でたこがはやり出し,大きさや華美を競い合った。そしてまたたく間に江戸にも伝わり,禁止令も出るほど流行した。そのころからたこ屋が出現し,本格的な絵模様のたこが作られるようになり,いっそう普及する。しかし,明治時代になって都市化が進むとともに,たこは衰えていった。
たこを正月に揚げるのは江戸の風習で,やぶ入りの1月15,16日がとくに盛んだったが,大坂では2月初午の日が中心であった。古くからたこ揚げの風習があった地方では,正月以外の日に揚げることが多い。いまでも,長崎では4月,浜松では5月,新潟県白根では6月,沖縄では10月にたこ揚げの行事が行われている。長崎のはた揚げは,糸にビードロを引き(ガラス粉を塗る),からんだ相手のたこを切り落とす遊び,浜松,白根はおおぜいの力で巨大なたこを揚げる大だこ揚げである。
たこの種類としては,日本では,文字を1字描いたもの,武者絵などを図柄としたもの,奴だこのように独特の形をしたものがあるが,いずれも平面的なのに対し,西洋では,ボックスカイトと呼ばれる立体形の系統が発達している。1975年正月以来,アメリカのゲイラ社のビニル製三角だこが〈ゲイラカイト〉として日本で人気を博した。
執筆者:新坂 和男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…これらは,教育的な意図が玩具にもたれるようになってから,それぞれもとの言葉の非教育的なイメージをぬぐうために生み出されたのであろう。この言葉の推移をみても,近代になって玩具が子どもの成長に欠かせぬ用具として認識されてきたことがわかる。
【玩具の起源】
現世人類がこの地球上に現れたころに,はたして玩具として位置づけられるものがあったかどうかは予測しがたいが,玩具に発展しうるものがすでに存在していたことははっきりしている。…
※「凧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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