人情本。為永春水作,柳川重信画。外題〈梅児誉美〉,内題〈春色梅児誉美〉。4編12冊。初・2編1832年(天保3),3・4編33年刊。鎌倉恋ヶ窪(江戸吉原)の遊女屋唐琴(からこと)屋の養子丹次郎(たんじろう)は,悪番頭に家を追われて落魄しているが,その丹次郎に,唐琴屋の娘でいいなずけのお長(ちよう),丹次郎の恋人で,唐琴屋の内芸者だったが後に婦多川(ふたがわ)(深川)の芸者になった米八(よねはち),米八の傍輩芸者仇吉(あだきち)の3人が,それぞれ義理と意気地をみがきながら尽くすという,複雑な恋愛関係を描いた作品である。3人の女性の意気地と恋情が,作中人物の会話をとおして,江戸下町の自然や風俗を背景に,甘美な情感の中に描き尽くされている。春水が読者として予定した婦女子に限らず,男性をも含めて年若い読者に歓迎され,色男の代名詞を後に丹次郎というようにさえなった。春水人情本の代表作でもあるが,読本・合巻の伝奇性と,洒落本・滑稽本の写実性とがいちおうの調和を示して,新しく誕生した風俗小説として位置づけることができる。その点で明治の硯友社の風俗小説の母胎としての位置をも確保している。続いて,《春色辰巳園(たつみのその)》(1833-35),《春色恵之花(めぐみのはな)》(1836),《春色英対暖語(えいたいだんご)》(1838),《春色梅美婦禰(うめみぶね)》(1841-42)が刊行されている。
執筆者:神保 五弥
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為永春水(ためながしゅんすい)作の人情本。4編12冊。初・2編は1832年(天保3)、3・4編は33年刊。柳川重信(やながわしげのぶ)・重山画。鎌倉恋ヶ窪(こいがくぼ)の遊女屋唐琴屋(からことや)の養子夏目丹次郎(たんじろう)を主人公に、その許嫁(いいなずけ)のお長(ちょう)(お蝶)、丹次郎の恋人で婦多川(ふたがわ)(深川)の芸者米八(よねはち)、米八の傍輩(ほうばい)芸者仇吉(あだきち)の3人が、それぞれ意気地(いきじ)と義理を貫いて丹次郎に尽くすという、複雑な三角関係の恋愛を描いた風俗小説である。競争者を意識して燃え上がる3人の女性の意気地と恋情が、的確な江戸下町の自然、風俗を背景に、会話を主として、場面場面の描写を積み重ねて構成を重視しない、のちに為永流と称される作風で描き尽くされている。読本(よみほん)、草双紙(くさぞうし)の伝奇的要素と、洒落本(しゃれぼん)、滑稽本(こっけいぼん)の写実的要素が渾然(こんぜん)と融合し、明治の硯友社(けんゆうしゃ)文学につながる写実的風俗小説たりえている。春水人情本の代表作であり、後世色男の代名詞を丹次郎と称するほど読者に歓迎された、人情本の代表作でもある。本書によって春水は「東都人情本の元祖」(3編序)を称し、続編に『春色辰巳園(たつみのその)』(1833~35)、『春色恵之花(めぐみのはな)』(1836)、『春色英対暖語(えいたいだんご)』(1838)、『春色梅美婦禰(うめみぶね)』(1841)があり、全20編60冊として、「梅児誉美」シリーズは完成している。
[神保五彌]
『中村幸彦校注『日本古典文学大系64 春色梅児誉美』(1962・岩波書店)』
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江戸後期の人情本。4編。為永春水(ためながしゅんすい)作,柳川重信画。1・2編は1832年(天保3)刊,3・4編は33年刊。29年(文政12)の大火で書肆青林堂を失った春水が,助作者なしで書いたもので,読本・合巻(ごうかん)ふうの趣向を用いて伝奇性を確保し,洒落本・滑稽本の写実的描写により恋の意気地と駆引を描き,人情本の分野を確立した。実在の男芸者などを登場させたり,この時代の男女の逢瀬の会話を完璧に再現したため,春水が読者と想定した婦女子のみならず青年たちの大歓迎をうけ,主人公の丹次郎の名は光源氏や在原業平と並んで色男の代名詞として明治期まで使われた。「日本古典文学大系」所収。
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…この時期の作品のほとんどは友人,門人たちとの合作であり,戯作者志望の文学青年や狂言作者の草稿を,書肆の立場を利用して出版したものである。29年,それまでの2世南仙笑楚満人の号を捨てて為永春水を名のるが,同年3月火災で青林堂を失い,門人,友人たちの多くが離反し,苦心のすえ32年(天保3)情痴的恋愛小説《春色梅児誉美(しゆんしよくうめごよみ)》初・後編を発表した(全4編,1833刊,完結)。この作品は若い婦女子の読者から熱狂的歓迎を受け,春水は一躍文壇の第一線に登場し,自ら〈江戸人情本の元祖〉を名のった。…
※「春色梅児誉美」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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