婚姻に際して,花婿以外の者が花嫁と最初の性交をなす権利。初夜権をもつのは僧侶,王,地主が多く,酋長や呪医の例も少なくない。中世ヨーロッパの地主や僧侶,またヒンドゥー教,カンボジアの仏教の僧侶にもかつてこの例が見られ,またエスキモーのシャーマン,南米インディオの呪医にも散見する。この習俗において注目すべきは,花嫁との初交に対してしばしば花婿が抵抗を示し,これを避けようとすることである。それは疑いもなく,初交,ことに処女膜の血に伴う呪術的危機への懸念,恐怖と密接にかかわっている。他方,僧侶とか呪医はこれらの危険を無事に乗り越えることができると考えられており,また僧侶や呪医に初夜権を与えることによって呪術・宗教的な功徳がもたらされることを期待する。王や地主のもつ初夜権についても,彼らのもつ世俗的優越権と結合することによってもたらされる恩沢が強調される。これらの初夜権が呪術的恐怖から派生したものであれ,神聖な人や優越せる人との性交によりもたらされる裨益への期待から派生したものであれ,初夜権の素因は,それを保有するものの社会的人格の資質ないし権威と密接に関連している。
執筆者:野口 武徳
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結婚直前または初夜に、花婿に先だって、花婿以外の男性が花嫁と性関係をもつ権利のことをいう。婚前の処女性を尊ぶ思想には、夫婦関係の排他性という社会的・心理的要因があり、さらにその背景には、しばしば女性の生殖能力に対する呪術(じゅじゅつ)的信仰がある。古代インドでは、シバ神の表象である石製、金属製、象牙(ぞうげ)製の男根(リンガム)によって結婚前の女性の破瓜(はか)がなされ、また古代ローマの花嫁は、同じ意味で、男根神像の膝(ひざ)の上に座らなければならなかった。ヘロドトスの記述によると、バビロニアの女性は、結婚前にただ1人の旅人(異郷人)に身を任せなければならなかった(旅人を神の仮の姿とする見方は、世界各地に多い)。しかし、多くの場合、初夜権をもつのは、封建地主や聖職者であった。聖職者は神の代理人として処女に接し、彼女に豊かな生殖能力を与えるものとされている。また、破瓜による出血は、月経による出血より危険であるため、男性はこれを避け、神にとくに保護された聖職者のみがこの危険に耐えられるという説もある。これによると、花婿は身を守ることができ、花嫁は生殖能力を増強できるというので、初夜権の行使者に謝礼金を支払う場合もあった。王侯、貴族、領主などの世俗的権力者による初夜権の行使については、以上のような宗教儀礼とは別に、身分制度や権力構造との関連で問題にしなければならない。
[丸山孝一]
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