翻訳|medicine man
呪術的方法を主とする病気治療者のこと。一般的に言えば,呪術的方法とは,因果関係についての一定の原理を前提として,神霊などの人格的な力や非人格的な神秘的力を直接に統御し操作しようとする行為である。
呪医が指摘する病因は二つのタイプに分けることができる。第1のタイプは,食べ過ぎや冷たい雨にうたれたといったような直接的な病因である。第2のタイプは,病状に対してだれが責任があるのかという観点からみられた病因である。これには,本人もしくは近親によるタブーの侵犯,生者ののろい,妖術者や邪術者の攻撃,死者や神々の働き,などがある。呪医の診断には,観察や問診,触診などによって病状と直接的な病因を知ろうとする場合と,さらに第2のタイプの病因を究明しようとする場合とがある。後の場合には,占い,夢,幻覚,憑依状態などによって診断する。
病状と直接的な病因だけが問題となる場合には対症療法が行われる。対症療法には,薬草や吸出法などが用いられる。中央アフリカのヌデンブ族の呪医は,流産を繰り返す女を治療するために,根が強固でゾウでも引き抜くことができない木の葉や根を用いる。これは虚弱さに対する特効薬とみなされている。小さな実をたくさんつける木は多産にするために用いられる。表面がつるつるして滑りやすい木は,流産しやすいという病状を示すためや,病気を病人から滑り落ちさせるために用いられる。一般的には,呪医と呼ばれる人々も薬効のある物質(薬草など)に関する豊富な経験的知識をもっていて,これが併用される場合が多い。腹の中から病気の原因となっている物質を吸い出す治療法は世界中に広くみられるが,これも単なる詐術とは言いきれない側面をもつ。治療する側はもちろん自分が何をしているか(たとえば,病因とされるものをあらかじめ口に含んでおく)を知っているが,同時に,相手に見破られないよううまくやれば実際に治癒効果をもつことにも気づいていて,手品師のような修練を積んでいるのである。
タブーの侵犯,のろい,妖術・邪術,神霊の働きなどが原因となっている病気の場合には,病状は兆候や信号であり,病因,すなわち病人が置かれている社会的状況や信号を発している人格的存在の正体とその意図を究明することが,病気に対処するためのもっとも重要な行為となる。治療においては,薬草などによる対症療法も併用されるが,病人の状況(儀礼的けがれなど)や病気をもたらした人格的存在に働きかけることが中心となる。西ケニアのルオ族の社会では,姦通を犯した後で自分の乳児を抱くとその子が病気になると信じられているが,それに対しては,植物性の煎薬を用いて治療する専門家がいる。
ヌデンブ族の呪医は,流産の治療にあたって,先に引いた例とは違って妖術者が引き起こしたとみなされた場合には,オオアリクイの穴(熱い穴と呼ばれる)と新しく掘った穴(冷たい穴),およびその二つをつなぐトンネルを使用する。オオアリクイは隠れ穴を掘った後でそれをふさいでしまうので,女の出産力を奪った妖術者の働きと死とを表す。男たちが新しく掘った穴は出産と生とを表す。患者である女は裸で,生命の象徴である白いニワトリを抱いて,二つの穴の間を往復しながら治療を受ける。裸であることは胎児を表すとも死を表すとも言われる。熱い穴で呪医は,妖術者を攻撃する呪文を唱えつつ火にかけた熱い薬を用いて,患者の状態を表現したり,妖術の力を減殺したりしようとする。冷たい穴では,生命を強化するために,川で冷やした薬を用いる。生命の力が死の力を上まわるよう,熱い穴で6回,冷たい穴で12回治療した後,熱い穴で死と妖術のシンボルである赤いオンドリの首をはねてそこに血を注ぎ,患者が冷たい穴から地上へ出るところで治療の過程は終わる。
こうした治療法は錯乱した因果認識にもとづく虚偽の技術とみなされがちだが,シンボル(象徴)の作用に着目するならば別の解釈が生まれてくる。呪医はシンボルを操作し,神話を朗唱し,さらに音楽,踊,演劇的表現などを動員して病状その他患者の状況を表現し,それに働きかけ,それが変容する過程を演じているのである。精神的,心理的,生理的など経験の諸レベルは相互に共鳴し合う。呪医と患者と周囲の人々が共有しているこのシンボルの世界を生きることによって,現実に患者の内にも病気の治癒にとって好ましい経験と生理的変化が多少とも生じるのである。それは人間の心身に働きかけるシンボルの力を駆使する方法であり,虚偽の技術とみなす必要はない。
→呪術 →病気
執筆者:阿部 年晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ラテン・アメリカの土着の呪医。治療に当たる病いの原因は各種あり,アイレ(空気)のバランスのくずれ,スストやエスパント(驚き),ムイナ(極度の怒り),寒暖のバランスのくずれ,邪視,ナグアル(人にとりついている動物)やトノ(守護動物)と人との不調和,各種の霊の働き(メスティソ姿の害悪をもたらす霊など),魔術,妖術,聖人や神の怒りなどがあげられる。…
…16世紀毒使いとして非難を浴びたパラケルススが毒は薬でもあることを述べているが,その量によってトリカブトが神経痛の薬になったり,ほかにも強心剤,血圧降下剤となるものも多く,部族社会でもその使用がみられる。部族社会で呪医(じゆい)として活動するシャーマンは,敵を〈毒殺〉する一方で,味方の治療をするためにしばしば毒キノコや幻覚作用のある植物を口にし,霊的世界と往来する例がみられる。これらの幻覚薬は新大陸でよく知られており,カリフォルニアからメキシコにかけてのインディオが使うペヨーテ,南アメリカにまで広がるチョウセンアサガオ(ともにアルカロイド毒),アマゾン流域のキントラノウ科の植物(Banisteriopsis caapi),メキシコや東北アジアにみられるシビレタケ(シロサイビン毒),テングタケ(ムスカリン毒)がその代表であろう。…
※「呪医」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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