前尾 繁三郎
マエオ シゲサブロウ
昭和期の政治家 元・衆院議長;自民党最高顧問。
- 生年
- 明治38(1905)年12月10日
- 没年
- 昭和56(1981)年7月23日
- 出生地
- 京都府宮津市
- 学歴〔年〕
- 東京帝国大学法学部法律学科〔昭和4年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 勲一等旭日大綬章〔昭和51年〕
- 経歴
- 昭和4年大蔵省に入り、9年和歌山税務署長、20年主税局国税第一課長、主税局長、22年造幣局長などを歴任。24年の総選挙で民主自由党から衆院議員に当選、通算12期。その間、32年第1次岸内閣の通産相、46年第3次佐藤内閣の法相を歴任、48年5月〜51年12月衆院議長を務めた。また自民党内では幹事長(3期)、総務会長などを務め、池田首相の死後、宏池会(旧池田派)を引き継いで前尾派を結成したが、45年の総裁選に出馬せず、大平派に衣替えした。55年からは党最高顧問。読書家、蔵書家としても知られ、著書も多数。平成12年“十二支”について研究した遺稿集「十二支攷」(全6巻)が刊行される。没後の昭和57年遺族により蔵書約3万5千冊と有価証券約1億円が故郷の宮津市に寄贈される。58年同市は前尾記念文庫を開設した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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前尾 繁三郎
マエオ シゲサブロウ
- 肩書
- 元・衆院議長,自民党最高顧問
- 生年月日
- 明治38年12月10日
- 出生地
- 京都府宮津市
- 学歴
- 東京帝国大学法学部法律学科〔昭和4年〕卒
- 経歴
- 昭和4年大蔵省に入り、9年和歌山税務署長、20年主税局国税第一課長、主税局長、22年造幣局長などを歴任。24年の総選挙で民主自由党から衆院議員に当選、通算12期。その間、32年第1次岸内閣の通産相、46年第3次佐藤内閣の法相を歴任、48年5月〜51年12月衆院議長を務めた。また自民党内では幹事長(3期)、総務会長などを務め、池田首相の死後、宏池会(旧池田派)を引き継いで前尾派を結成したが、45年の総裁選に出馬せず、大平派に衣替えした。55年からは党最高顧問。読書家、蔵書家としても知られ、著書も多数。没後の57年遺族により蔵書約3万5千冊と有価証券約1億円が故郷の宮津市に寄贈され、58年同市は前尾記念文庫を開設した。平成12年“十二支”について研究した遺稿集「十二支攷」(全6巻)が刊行される。
- 受賞
- 勲一等旭日大綬章〔昭和51年〕
- 没年月日
- 昭和56年7月23日
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
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前尾繁三郎
まえおしげさぶろう
[生]1905.12.10. 京都
[没]1981.7.23. 京都
政治家。東京大学を卒業。大蔵省に入る。主税,造幣局長。 1949年衆議院議員に初当選。以来連続 11回当選。終始池田勇人の相談相手。 57年通産相,60年池田政権の党幹事長。池田の死後池田派を継承したが,71年大平正芳に譲る。 71年法相,73年衆議院議長となり任期4年をまっとうした。 79年 10月の総選挙には敗れたが,80年6月の総選挙には復活を果した。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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前尾繁三郎 まえお-しげさぶろう
1905-1981 昭和時代の官僚,政治家。
明治38年12月10日生まれ。大蔵省主税局長などをへて政界にはいり,昭和24年衆議院議員(当選12回)。通産相,法相,自民党幹事長(3期)などをつとめる。この間池田勇人(はやと)の宏池(こうち)会に属し,池田のあと同派をついだ。46年大平正芳(まさよし)に派閥をゆずる。48年衆議院議長。昭和56年7月23日死去。75歳。京都出身。東京帝大卒。
【格言など】時代の変化に応じる改良主義が自民党長期政権の秘密だ(信条)
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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前尾 繁三郎 (まえお しげさぶろう)
生年月日:1905年12月10日
昭和時代の政治家。衆院議長;自民党幹事長
1981年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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