加藤 嘉(読み)カトウ ヨシ

20世紀日本人名事典の解説

加藤 嘉
カトウ ヨシ

昭和期の俳優



生年
大正2(1913)年1月12日

没年
昭和63(1988)年3月1日

出生地
東京・芝

学歴〔年〕
慶応義塾大学中退

主な受賞名〔年〕
モスクワ国際映画祭主演男優賞(1983年度)「ふるさと」,毎日映画コンクール演技特別賞(昭58年度)

経歴
昭和9年舞台俳優として出発し、新築地劇団、新協劇団などに参加するが、21年からは映画に専念。50年代の代表作「米」をきっかけに、多くの巨匠、若い監督たちに珍重され、得がたい性格俳優として強い印象を残す。なかでも「砂の器」の老巡礼、「神々の深き欲望」の離島の区長の演技が光る。その延長線上に花開いた演技「ふるさと」で1983年度モスクワ国際映画祭主演男優賞を受賞

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

加藤 嘉
カトウ ヨシ*


職業
俳優

本名
加藤 嘉(カトウ タダシ)

生年月日
大正2年 1月12日

出生地
東京市 芝区新堀町(東京都 港区)

学歴
慶応義塾高等部中退

経歴
昭和9年東宝劇団を経て、11年新築地劇団付属研究所に入り、同年「女人哀詞」で新劇の初舞台を踏む。12年座員となり、「桜の園」「どん底」「土」「綴方教室」などで頭角を現す。15年一斉検挙され、劇団は解散。16年南旺映画「流旅の人々」で映画初主演。18年応召、横須賀海兵団に入隊。戦後の22年滝沢修らが結成した民衆芸術劇場(第一次民芸)に参加するが、26年民芸を退団。40年には劇団文学座に入り、「女の一生」などに出演。◆この間、23年に松竹の「わが生涯の輝ける日」(吉村公三郎監督)で本格的映画デビュー。その後、東映を中心に多くの映画に出演。50年代の代表作、今井正監督「米」(32年)をきっかけに、多くの巨匠、若い監督たちに珍重され、得がたい性格俳優として強い印象を残す。なかでも野村芳太郎監督「砂の器」(49年)の老巡礼、今村昌平監督「神々の深き欲望」(43年)の離島の区長の演技が光る。その延長線上に花開いた演技「ふるさと」(神山征二郎監督)で1983年度モスクワ国際映画祭主演男優賞などを受賞。他の映画の代表作に内田吐夢監督「どたんば」(32年)、「森と湖のまつり」(32年)、「飢餓海峡」(39年)、家城巳代治監督「弾丸大将」(35年)、木下恵介監督「笛吹川」(35年)、山本薩夫監督「真空地帯」(27年)「不毛地帯」(51年)、マキノ雅弘監督「昭和残侠伝・血染の唐獅子」(42年)、今井正監督「子育てごっこ」(54年)など多数。◆◆昭和25年に女優山田五十鈴と結婚するが、3年後離婚。33年「米」で共演した22歳年下の中村雅子と再婚。

受賞
シネ・フロント賞(男優賞 昭58年度)「ふるさと」,モスクワ国際映画祭主演男優賞(第13回 1983年度)「ふるさと」 毎日映画コンクール演技特別賞(昭58年度)「ふるさと」

没年月日
昭和63年 3月1日 (1988年)

家族
妻=中村 雅子(元女優)

伝記
わが父の愛と修羅 加藤 千代 著(発行元 主婦と生活社 ’89発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

加藤 嘉 (かとう よし)

生年月日:1913年1月12日
昭和時代の俳優
1988年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

iPhone 11

アメリカのアップル社が2019年9月10日に発表したスマートフォン。日本では9月20日に、標準機種となるiPhone 11と、その上位機種であるiPhone 11 Pro、iPhone 11 Pro ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

加藤 嘉の関連情報