労働争議調整制度(読み)ろうどうそうぎちょうせいせいど

改訂新版 世界大百科事典 「労働争議調整制度」の意味・わかりやすい解説

労働争議調整制度 (ろうどうそうぎちょうせいせいど)

労使関係に発生する労働争議(紛争状態)を解決するための制度。継続的な性格をもつ労使関係では,通常の場合,労働争議すなわち労使紛争が生じたとしても,なんらかの形で争議調整,紛争解決に至る必要がある。争議を調整し,関係の修復に努力することなく,ただちに相互の縁を切り,関係を解消させてしまうような事態は,歴史的にはともかく,現在ではまず考えられない。そこで,紛争を解決し,労使関係の安定を取り戻すための諸方策が要請されることになる。広義の労働争議調整制度とは,このような諸方策のすべてをさす。しかし,一般には,解決へ向けての自主的な努力である労使双方自身によるそのつどの話合い,交渉およびこれに付随した実力行使であるストライキ,ロックアウトなどは含めずに,紛争解決と労使関係安定のために利用されるこれ以外の諸制度をさして用いられる。

この意味での労働争議調整制度には,大別して,国家により用意される制度と労使双方により自主的に用意される制度とがある。国家的制度では,通常裁判所,特別裁判所と通常行政機関,特別行政機関という司法と行政とに分かれた2系列の制度が考えられる。私的制度では,労使が労働協約で特設するものが一般的である。

 これらの制度は,調整の対象とされる労働争議の性格に応じて,次の二つに分類することができる。一つは,労働者個々人と使用者との間の個別的労働関係に発生する個別的労働争議を対象とする調整制度であり,もう一つは,労働者集団,団体(とりわけ労働組合)と使用者,使用者団体との間の集団的労働関係に発生する集団的労働争議を対象とする調整制度である。

 個別的労働争議の調整のためには,国家的制度として,労使紛争以外の一般の紛争解決の場合と同様に,通常裁判所や司法的な調停・仲裁機関による解決を求める方法,または,所轄の通常行政機関による解決を求める方法のほか,労使紛争の解決のためにとくに設けられた労働裁判所とか労働委員会などのような特別の裁判所,行政機関による解決を求める方法がある。日本では,たとえば賃金支払に不満をもつ労働者が使用者との間の自主的な解決に期待できないとみた場合には,通常裁判所に訴えを提起できる(一般の民事調停などの扱いにはならない)。そのほか労働基準法違反が問題であるならば特設の行政機関である労働基準監督署の是正勧告・命令を求めたり,また,不当労働行為が問題であるならば特設の行政委員会である労働委員会の救済を求めることができる。なお,外国では,労使紛争を専属管轄とする労働裁判所を設ける例が少なくなく(ドイツ,フランス,スウェーデンなど),日本でも一部にはこれを求める声がある。つぎに,個別的労働争議を私的に解決するための自主的制度としては,労働協約による苦情処理制度や調停・仲裁制度がある。私的調整制度は,労使が自主的に設けて運営するものであるだけに,労使自治あるいは紛争の自主的解決という観点からは,望ましい面がある。アメリカ合衆国のように私的制度が普及し,成果をあげている国もあるが,日本では,労働協約に苦情処理制度を規定することは普及しているが,その活用に欠け,また,調停・仲裁制度を自主的に設ける例もほとんどないのが実情である。

 集団的労働争議を解決するための国家的制度としては,個別的なそれの場合と同じく,通常・特別の裁判所という司法機関および通常・特別の行政機関による調整制度がある。日本では,たとえば労働時間をめぐっての紛争を例にとると,労働協約に規定された労働時間に基づく各種の請求を通常裁判所が判断したり,労働基準法違反に対して労働基準監督署が是正勧告・命令をだしたり,あるいは,不当労働行為の救済や斡旋,調停,仲裁の措置を労働委員会がとるなどの方法が考えられる(このほか,都道府県の労政担当部課,労働事務所などによる事実上の調整活動もある)。私的制度としては,労働協約による調停・仲裁制度などがあるが日本でほとんど発達をみていないことは,個別的紛争をめぐる私的調整制度の場合と同じである。せいぜい争議調整のために労働委員会が用意する斡旋・調停手続を開始することについての規定がみられる程度である。

 労働争議は,また,既存の権利義務関係をめぐる〈権利争議〉と,権利義務関係などの形成をめぐる〈利益争議〉とに分けることができる。前者は,最終的に,司法機関による判定によって解決できる性質の争議である。たとえば,労働者の解雇をめぐる紛争がそうであり,解雇有効または無効という裁判所の判断が下されることで,紛争が終局を迎える可能性が大きい。ところが,利益争議は,いまだ当事者間に依拠すべき基準が確定していない段階に,これから基準を設定しようとして,あるいは,その基準内容をどう決めるかをめぐって,紛争が発生することである。よるべき基準がいまだ定まっていない以上,裁判所などの司法機関による紛争解決にはなじみがたい。そこで,利益争議はなによりも当事者間の交渉により解決されるべき性質のものとなるが,これが困難な場合には紛争解決に向けての第三者の助力も必要となる。たとえば,春闘時の賃上げをめぐる労使紛争の自主的な解決が困難な場合に,労働委員会による斡旋,調停,仲裁を求めることがこれに当たる。なお,国によっては(たとえば,ドイツ,スウェーデンなど),権利争議についての争議行為を禁止し,その解決を裁判所の判断にゆだねることもあるが,日本では,そのような立法措置が採られていないので,権利争議も利益争議も等しく争議行為の目的となり,労働委員会による調整手続にその双方が上がってくる可能性がある。

 なお,日本で争議調整制度の代表だと一般に考えられているものは,上記の労働委員会による労働争議の調整諸手続であり,労働関係調整法(ほかに公共企業体等労働関係法(1986年国営企業労働関係法と改称)など)に規定されている(その沿革的前身に,行政官庁にそのつど設けられる調停委員会により集団的労働争議を調整しようとした労働争議調停法(1926)がある)。

集団的労働争議の調整制度は,労働運動の進展と軌を一にする争議行為の多発現象に対して,争議行為を未然防ぎ,または,すでに発生した争議行為を終了させ,労使関係の安定を確保することを目的に生まれてきたものである。労働運動が最も早くから発展したイギリスでは,1800年の綿業仲裁法,24年の仲裁法のように国家的制度が早くから用意されたが,19世紀半ばころより発達した私的調整制度がやがて前面に出てきて,72年の仲裁法,96年の調停法,1919年の労働裁判所法などを経て現行法の75年の雇用保護法に至るまで,戦時中の例外的措置などを除くと,私的制度と自主的な解決努力を助長する方向がとられてきている。当事者のこうした自主的努力に期待して,国家的調整機関がこれに助力を与えるにとどまる方針は,先進資本主義諸国の多くに共通して認められるところである。アメリカ合衆国の1947年の労使関係法(いわゆるタフト=ハートリー法),フランスの50年の労働協約,労働争議調整手続法,西ドイツの1946年の労働争議調停仲裁法などは,いずれも,基本的にこの立場にあるといえよう。したがって,これらの諸国では,私企業における労働争議の調整は労働協約などに規定された制度にのっとってなされることが期待されており,国家的制度はそれに必要な援助を与えるにとどまるとの姿勢がみられる。国家的機関による強制仲裁(仲裁)のような権力的な介入は認められていない。日本もこの系列に属する。

 しかし,もう一つの重要な系列に,国家的制度として強制仲裁を採用するニュージーランド(1894年の産業調停仲裁法),オーストラリア(1904年の連邦調停仲裁法)のような例がある。ストライキの禁止とこれに代わる強制仲裁制度という方法は,1890年代の不況で手痛い敗北をこうむった労働組合に有利な側面をもっていたので,当初はかなりの成果をあげた。しかし,現在では,1969年を境にオーストラリアではストライキ禁止の実効がなくなってきたなど,時代の変化のなかで制度の見直しが論じられるに至っている。なお,日本の公共企業体等労働関係法(現,国営企業労働関係法)が採用する強制仲裁制度は,公共部門の特殊性に即した措置であることを別にすると,方法的にはこの系列に属するものである。

 ILO(国際労働機関)は,1951年に〈任意調停及び任意仲裁に関する勧告〉(92号)を採択し,労働争議の防止と解決を助けるために利用できる任意調停制度を国内事情に応じて設けること,調停・仲裁手続進行中の争議行為を差し控えるよう関係当事者に勧奨することなどを,加盟国に勧告している。ここでも,任意調停と任意仲裁の方法が推奨され,〈この勧告の規定は,同盟罷業権をいかなる方法でも制限するものと解してはならない〉(3条7項)との注意が付されているように,上記2系列の争議調整の基本的態度のうち前者が国際的にも有力である。

 時代により,また,国により,このほかにもさまざまな争議調整制度が存在するが,結局のところ,争議行為の自由,争議権の保障がある国においては,強制仲裁は例外的であり,私的な調整制度と任意の斡旋,調停,仲裁などの方式とを併用しながらの問題処理が一般的である。
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世界大百科事典(旧版)内の労働争議調整制度の言及

【労働関係調整法】より

…労使関係に発生する労働争議調整制度の原理とその諸手続を主として規定するほか,一定の争議行為についての制限をも規定する法律。1946年公布。…

※「労働争議調整制度」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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