日本大百科全書(ニッポニカ)「労働関係調整法」の解説
労働関係調整法
ろうどうかんけいちょうせいほう
労使関係における紛争処理について定めた法律。昭和21年法律第25号。略称、労調法。
沿革
第二次世界大戦前には労働争議に関する法律として、1926年(大正15)4月制定の労働争議調停法がある。同法は、労使紛争を解決することを目的とするものではなく、むしろ労働争議を国家権力によって弾圧することに利用され、治安立法的色彩が強かった。実際に同法が適用されたケースは少なく、戦前におけるおもな労使紛争解決手段は、「サーベル調停」とよばれる警察力による労働争議の弾圧であった。戦後の1945年(昭和20)12月に旧労働組合法が制定され、労働運動の解放と助成が図られた。当時の経済状況を反映して多くの労働争議が発生し、1946年日本国憲法が制定された同じ国会において、旧労働関係調整法が制定され、同年10月13日から施行された。旧労調法には、公益事業の争議予告制度、非現業公務員の争議行為禁止などが含まれていたが、のちにそれらの規定は公務員法などで定められることとなった。旧労調法はその後1949年6月に改正され、さらに1952年7月の緊急調整制度を新設するための改正を経て、現行法に至っている。
[村下 博・吉田美喜夫]
内容
現行法は、総則、斡旋(あっせん)、調停、仲裁、緊急調整、争議行為の制限禁止等の各章から構成されている。これらを大別すれば、争議調整と争議行為の制約からなっている。労調法の目的は、「労働組合法と相俟(ま)つて、労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防し、又は解決して、産業の平和を維持し、もつて経済の興隆に寄与すること」(1条)にある。ここでいう労働争議の調整は、まず原則として当事者間における自主的解決を図り、もし当事者間の主張に不一致が生じた場合には国家権力(政府)が自主的調整を助成して争議行為を防止するものとされている(2~4条)。労働争議の調整が原則として当事者の自主的解決にゆだねられているのは、国家権力が労使紛争に強権的に介入すると、かえって真の紛争解決とならないからである。
ところで労調法は、争議調整方法として、労使の自主的解決を原則としつつ、斡旋、調停、仲裁、緊急調整を規定している。斡旋は斡旋員によって行われ(10条以下)、調停は調停委員会によって行われる(17条以下)が、両者とも労使の当事者を拘束することはない。仲裁は、その裁定が労働協約と同一の効力を有しており、労使双方を拘束するものである(29条以下)。さらに緊急調整制度は、この制度の導入の経緯からしても、また労働争議調整の原則からしても例外的かつ特殊なものである。緊急調整は、「事件が公益事業に関するものであるため、又はその規模が大きいため若(も)しくは特別の性質の事業に関するものであるために」(35条の2第1項)、争議行為によって国民経済の運行の阻害または国民生活を危うくするおそれがある場合に限って、内閣総理大臣が中央労働委員会の意見を聞いて決定するものである。
労調法による争議行為の制限禁止は、公益事業における争議行為の予告(37条)、緊急調整の際の争議行為の禁止(38条)、調停案受諾後の争議行為の制限(26条)、安全保持施設の停廃を伴う争議行為の禁止(36条)などである。なお、労調法は公務員労働者の労働争議および争議行為には適用されず、それらには行政執行法人の労働関係に関する法律、地方公営企業労働関係法などが適用される。
[村下 博・吉田美喜夫]
『野村平爾・中山和久著『法律学全集48 労働関係調整法』新版(1987・有斐閣)』▽『萬井隆令・西谷敏編『労働法1――集団的労働関係法』第3版(2006・法律文化社)』▽『厚生労働省編『労働組合法・労働関係調整法』5訂新版(2006・労務行政)』