労使間の紛争を解決するために労働争議の調整や不当労働行為の審査などを行う行政委員会。
第二次世界大戦前の大日本帝国憲法の下では労働者の団結権は認められておらず、労働組合を結成したりストライキなどの争議行為を行うことは、治安警察法や行政執行法などの法律で厳しく制限されていた。しかし1945年(昭和20)に日本軍国主義が敗北したのち、日本を民主化していくうえで、労働組合運動を解放し労働者の団結権を承認することが不可欠であると考えられた。こうして早くも敗戦の年の12月に労働組合法(旧法)が制定され、その翌1946年に公布された日本国憲法も「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」(28条)と定めたのである。労働委員会は、このように戦後憲法上保障されるようになった団結権に対する侵害の救済機関として、また労働関係の公正な調整を図るための機関として旧労組法に基づいて設置されたものである。その後1949年に労組法が改正され、使用者の団結権侵害行為である不当労働行為について、それまでの刑罰が科せられるという科罰主義から原状回復主義に変わるなど、いくつかの重大な修正を経て現在に至っている。
労働委員会が扱う労使間の紛争というのは、労働基準法の遵守や労働契約の個々の解釈をめぐる争いではなく(もちろん密接に関連することが多いが)、使用者による組合結成の妨害などの団結権侵害あるいは労働争議の調整といったいわゆる集団的労働関係をめぐる争いである。労働委員会は、こうした紛争が複雑な内容をもち、しかも迅速かつ柔軟な処理を必要とする点にかんがみて設置されたのであり、厳格な手続に従って当事者間の権利義務関係を確定する裁判所と異なり、その専門性と迅速性に特徴を有する。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働組合法において、労働委員会は、厚生労働大臣が所轄する中央労働委員会(中労委)と、各都道府県ごとに設置される都道府県労働委員会(都道府県労委)からなっている。従来、都道府県労働委員会は地方労働委員会(地労委)とよばれていたが、2005年(平成17)に改称された。中労委と都道府県労委との関係については、中労委が不当労働行為の審査などについて都道府県労委の審査を再審査したり、労働争議調整において二つ以上の都道府県にまたがる事件を管轄するなど若干権限・機能を異にするが、原則としては互いに独立した行政機関として活動している。
国が経営していた郵政、林野、印刷、造幣の四つの現業部門(林野以外の現業部門は2003年4月に公社化ないし独立行政法人化された)に関する労使紛争の調整や不当労働行為の審査については国営企業労働委員会(国労委)が所管していた。もともと国鉄、専売公社、電電公社といういわゆる三公社とアルコール専売を含む五つの現業については、敗戦後から1949年(昭和24)までは一般の中労委、地労委が所管していたが、マッカーサー書簡に端を発する官公労働者の労働基本権剥奪(はくだつ)と関連して別に公共企業体等労働委員会(公労委)が設置された。その後の公社の民営化などに伴い、1987年4月から四現業のみを所管する国労委が設置された。しかし、この国労委も1988年9月に中労委に統合され、廃止された。また国家公務員や地方公務員には労組法は適用されず、したがって中労委、都道府県労委はこれらの職員団体の事件は取り扱わない。そして中労委、都道府県労委にかわって、これらの職員に対する不利益処分などを取り扱う機関として、人事院、人事委員会、公平委員会が設置されている。なお、2001年以後設立された独立行政法人の大半は中央労働委員会が扱う。また、従来設けられていた船員に関して所管する船員労働委員会は、2008年に廃止され、中労委、都道府県労委の管轄となった。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
いずれの委員会も、公益を代表する公益委員、使用者を代表する使用者委員、労働者を代表する労働者委員からなる三者構成である。中労委、都道府県労委は公・労・使の各委員同数である。このように三者構成をとっているのが、日本の労働委員会制度の特徴の一つである。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働委員会のもつ機能は、判定的機能(準司法的機能ともいわれる)と調整的機能の二つに大別される。一つ目の判定的機能の中心は、「差別待遇」「団体交渉拒否」「支配・介入」といった使用者の不当労働行為を審査・判定し、裁判所とは別に救済を与える機能・権限であり、これは労働委員会の活動の主要な内容でもある。このほかに労働委員会は、労働組合の資格審査・証明、労働協約の地域的一般的拘束力についての決議、公益事業における争議予告違反に対する処罰請求などを行う。もう一つの調整的機能とは、労働争議が紛争当事者の自主的努力のみで解決されない場合に、労働委員会が関与して、労働争議の解決を援助することをいう。関与の程度によって斡旋(あっせん)、調停、仲裁に分かれる。斡旋は、斡旋員が労使の話し合いをとりなすことであり、調停は、労働委員会に設置された調停委員会が調停案を提示して労使の妥結を促す方法であり、仲裁は、仲裁委員会が労使を拘束する仲裁裁定を提示することによって紛争を解決するものである。労使間の紛争はできるだけ当事者が自主的に解決することが望ましいから、労働争議調整の手続を定めた労働関係調整法も、当該紛争の当事者に自主的調整の努力をする責務のあることを定めている(4条)。
労働委員会はさらに、必要な帳簿書類の提出を労働組合・使用者に要求する強制権限などももっている。いずれにせよ、判定的機能と調整的機能をあわせもっていることも、日本の労働委員会の特徴である。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働委員会は以上のように、
(1)裁判所による救済と異なり、労使関係の専門家が事件の処理にあたり、また行政機関という性格上事件の処理を柔軟かつ迅速に行いうる、
(2)独立した行政機関であり自主的な権限行使が保障されている、
(3)公・労・使の三者構成をとり、また、判定的機能と調整的機能とをあわせもっている、
などの特徴を有している。
しかし実際の運用において、とりわけその活動の主要部分を占めている不当労働行為の審査については以下のような問題点が指摘されている。
(1)不当労働行為の審理に要する日数が長期化する状況がみられる。「遅すぎる決定は事実上救済なきに等しい」と批判されているように、労働委員会が審理に手間どっている間に申し立てた労働組合が事実上壊滅させられているというような事態も生じる。そこで、現在では、審査期間の目標を定めることとされており(労働組合法27条の18)、審査の迅速化が課題である。
(2)現行法上、労働委員会が救済命令を出した場合、使用者がその取消しを求めて行政訴訟を起こすことが認められているため、さらに裁判所での争いが地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所と続くことになり、救済を申し立てる労働組合・組合員の負担はたいへん大きいものとなっている。このため、労働委員会が救済命令を出した場合、裁判所による審査を一定程度限定しないと、事実上、都道府県労委・中労委の審理とあわせて「五審制」をとることになる点に対する批判もある。
(3)労働委員会が救済命令を出してもその実効性を確保する手段が十分でないことがあげられる。
(4)不当労働行為の審査過程で、団結権侵害の有無を明確にしないまま斡旋的和解により終結することが多くあり、団結権侵害の救済という性格があいまいになる傾向がある。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
『大和哲夫著『不当労働行為と労働委員会制度の研究』(1987・第一法規出版)』▽『日本労働法学会編『不当労働行為』(1988・総合労働研究所)』▽『道幸哲也著『不当労働行為救済の法理論』(1988・有斐閣)』▽『山本吉人著『労働委員会命令と司法審査』(1992・有斐閣)』
労使紛争の調整と不当労働行為の審査・救済を主目的とする独立行政委員会。行政委員会という形態は,労使関係につき専門的知識・経験を有する委員が,適切かつ柔軟な事件処理をするために採用されたといわれる。
民間の労使関係を一般的に対象とするものとして地方労働委員会(地労委。都道府県知事の所轄で,各都道府県ごとに設置)と中央労働委員会(中労委。労働大臣の所轄で,東京に設置)がある。そのほかに,船員については,船員地方労働委員会(運輸大臣の所轄で,各海運局ごとに設置)と船員中央労働委員会が,また,公共企業体等の労使関係を対象とするものとして公共企業体等労働委員会(公労委)がある。これら各委員会の機構,権限については若干の相違がみられる。以下では,地労委と中労委を中心に説明する。
労働委員会は,労働者を代表する委員(労働者委員),使用者を代表する委員(使用者委員)および公益を代表する委員(公益委員)から構成される(各委員は同数)。いずれも非常勤であり,任期は2年間である。労働者委員は労働組合の,使用者委員は使用者団体の推薦による。公益委員は,労働者委員および使用者委員の同意を得て任命される。委員の数は,中労委は各委員とも9名で計27名であるが,地労委は,事件処理の繁閑に応じて各委員とも5名から13名まである(労働組合法19条)。この三者構成は,労使紛争の調整を円滑に進めるためといわれる。一方,不当労働行為の審査は,準司法的権限なので,公益委員の役割とされる。もっとも,労使委員も参与委員として関与し,実際は重要な役割を果たしている。なお,そのほかに,労働組合の資格審査(5条)や労働協約の地域的一般的拘束力の決定(18条)も労働委員会の権限とされる。
この労働委員会制度は,アメリカのワグナー法上の全国労働関係局National Labor Relations Board(NLRB)の影響を強くうけたものといわれる。行政委員会が不当労働行為の救済機関となっている点ではそのとおりであるが,次のような相違点がみられる。すなわち,(1)日本では裁判所も併行して救済機関となっているが,アメリカでは不当労働行為の救済はNLRBの排他的権限とされる。(2)NLRBには労使紛争の調整権限はない。(3)NLRBの手続はかなり行政庁主導型であり,日本の行政委員会の中ではむしろ公正取引委員会の機構と類似している,などである。
労使双方の自主的な努力にもかかわらず,紛争が解決しない場合には,当事者の要請に基づき,労働委員会が紛争を調整する。調整のしかたとしては,斡旋員個人が当事者間を仲介する斡旋(労働関係調整法10~16条),調停委員会が両当事者の意見を聞いたうえで調停案を作成し,その受諾を勧告する調停(17~28条),および当事者双方もしくは協約の規定に基づく申請により,仲裁委員会が当事者を拘束する仲裁裁定を出す仲裁(29~35条)がある。実際には斡旋が圧倒的に多い。調整事項としては,労働条件や労使間ルールにつき多様な論点がとりあげられているが,その中でも,賃上げ,一時金等の賃金問題および団体交渉の促進をめぐるものが多い。
不当労働行為(組合活動を理由とする不利益取扱い,支配介入,団体交渉拒否)の申立てがなされると,地労委(2以上の都道府県にわたる事件または全国的に重要な問題に関する事件の場合は中労委)は,調査および審問を通じてその成否を判断する(労働組合法27条)。審問は,申立人(組合側)と被申立人(使用者側)の対審構造になっており,不当労働行為の〈立証〉責任は申立人にある。不当労働行為と認められないときは申立てを棄却する命令が出され,不当労働行為と認定されたときは救済命令が出される。救済命令の内容は,事案に応じた柔軟かつ適切なものが期待されているが,実際は不当労働行為の型に応じ,ほぼ定型的な救済がなされている。解雇については,原職復帰とバック・ペイback pay(解雇が不当労働行為とされた場合,解雇時から原職復帰時までに労働者に支払われるべきであった賃金の遡及支払)の支払,支配介入についてはその中止,団体交渉拒否については団体交渉の応諾等である。もっとも,申立ての8割近くは,命令が出される以前に和解もしくは取下げによって終結している。
命令に不服の者は,中労委に再審査の申立てをするか,もしくは裁判所に命令の取消訴訟を提起しうる。後者の場合には,裁判所は,暫定的救済措置として緊急命令を発することができる。この緊急命令もしくは確定した救済命令の違反は過料(32条)に処せられ,確定判決によって支持された救済命令に違反した場合には,1年以下の禁錮もしくは10万円以下の罰金に処せられる(28条)。
不当労働行為の審査については,その遅滞が最大の問題となっている。地労委および中労委で平均して各600日を要しており,平均処理日数はしだいに増加する傾向にある。その原因としては,係属事件数の増加,事件内容の複雑化(昇給・昇格差別事件等),審査手続の民事訴訟化,不適切な審査指揮,代理人たる弁護士の多忙等があげられており,遅延の解消が重要な課題となっている。これに対して自主解決の促進という観点からは,ある程度の審査の長期化はやむをえないとか,東京・大阪等の大規模な地労委以外では遅滞はそれほど問題になっていない,等の指摘もなされている。
執筆者:道幸 哲也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…労働組合活動の自由を制約する,使用者の反組合的行為。憲法28条は,勤労者の団結権,団体交渉権および争議権を保障し,その権利の具体化のために,労働組合法は,使用者の特定の行為を不当労働行為として禁止する(7条)とともに,救済機関として労働委員会を設置した(19条)。組合運動,とくに争議行為の自由を法的に保障する手段としては,刑事罰および損害賠償からの解放(刑事免責,民事免責)があるが,不当労働行為の禁止は,それらに比べて使用者の反組合的行為を直接規制するところに特質を有する。…
※「労働委員会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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