改訂新版 世界大百科事典 「労働者管理」の意味・わかりやすい解説
労働者管理 (ろうどうしゃかんり)
workers' control
workers' management
職場,企業,産業さらには国民経済に至る各レベルでの管理・運営のあり方について,労働者が労働組合などを通して主体的に決定しその執行をみずから担うことを追求する思想と運動の総称であり,労働者自主管理workers' self-management,または単に自主管理ともいう。広義には,資本主義のもとで職場・企業における資本家の経営権限を侵食し,労働者による自主決定=自治の領域を拡充していく営みと,公有化された経済体制のもとで労働者が管理主体として各レベルの運営を担う営みの双方をさすが,狭義には前者を労働者統制とし,後者を労働者管理として峻別する。
労働者管理思想の原像は,P.J.プルードンとM.A.バクーニンのアナーキズム思想に求められるが,そのより明示的な発現は,革命的サンディカリスム(フランス),インダストリアル・ユニオニズム(産業別組合主義。アメリカ),ギルド社会主義(イギリス)の主張と実践のうちに見いだすことができる。他方,労働者管理が世界の労働運動ないし革命運動において追求されたのは,第1次大戦から戦後にかけてのことである。ロシア革命の駆動力としての工場委員会運動,イギリスのショップ・スチュワード(労働組合の職場委員。組合の末端機関として労働者の日常的利益を守る任務をもつ)運動,ドイツ革命におけるレーテ(労働者兵士協議会)運動,イタリアの工場評議会運動がそれであり,1930年代のスペイン革命での労働者評議会運動やフランス人民戦線政権下での工場占拠闘争もそれに加えることができる。これらの試みは,そのすべてが厳しい歴史的試練に直面して挫折を余儀なくされたとはいえ,そこに顕在化した管理主体としての労働者の志向は現代史の地下水脈を形づくることになる。第2次大戦後の労働者管理の復興は,社会主義と資本主義との二つの体制的文脈においてとらえることができる。労働者管理型の社会主義を代表するのはユーゴスラビアであり,1956年のハンガリー事件や60年代のアルジェリアの試み,68年に中断を強いられたチェコスロバキアの〈プラハの春〉,そして80年のポーランドにおける自主管理労組〈連帯〉の運動などは,既成社会主義体制下の内部変革の試みとして注目された。資本主義下での労働者管理の試みの復活は,1968年のフランス〈五月革命〉を嚆矢(こうし)とし,翌69年のイタリアの職場反乱に後続され,以降70年代から現在に至るイギリス,フランス,日本,アメリカでのおもに企業倒産や工場閉鎖に抗しての,工場占拠・自主管理闘争へと継承されている。
労働者管理の思想と運動の体制を貫く今日のよみがえりは,半世紀以上にわたる壮大な歴史的実験を人類史に刻印してきたソ連型の集権的社会主義も,そして完全雇用と社会保障の制度的枠組みを発達させてきた現代資本主義の福祉国家体制も,いずれも労働者の,したがって人間の真の自由を保証し拡充するものではないのではないか,という懐疑に根ざしている。労働者は公的制度と労働組合運動を通して飢えと貧困の脅威からは一応は解き放たれたけれども,しかし官僚統制と管理社会化の深まりのもとで,みずからの労働のあり方や職場・企業の運営に関する意思決定からは疎外されており,所有制の変革や物的生活水準の上昇をもってしただけでは労働者の人間としての主体性は確保されがたいという憤りが,そこには横たわっている。この懐疑と憤りが労働者をして生産の,それゆえ社会の主人公としての自己の復位を志向させているのであり,この思想と運動が高度産業社会の批判の契機を内在させているのは,このためである。しかし,労働者管理は,それを職場から国民経済に至る各レベルに上向拡大させていく方法と道筋について,いまだ呈示しえておらず,また意思決定の民主化と経済効率の二律背反性,労働者の自主管理能力の開発,新たな管理-被管理の生成可能性など解決されるべき課題は多い。労働者管理が社会の新しい編成原理たりうるためには,なお思想と実践の模索が不可避である。
執筆者:井上 雅雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報