コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

勅使河原蒼風 てしがはら そうふう

美術人名辞典の解説

勅使河原蒼風

華道家。東京生。名は鉀一。幼少の頃より父についていけばなを習うが満足せず草月流を創流する。東洋的感覚を巧みにモダニズムと結合させたところに特色があり、いけばなの創造分野の開発に多大な足跡を残した。「草月会」会長。日本いけばな芸術教会初代理事長。昭和54年(1979)歿、78才。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

てしがわら‐そうふう〔てしがはらサウフウ〕【勅使河原蒼風】

[1900~1979]華道家。大阪の生まれ。本名、鉀一(こういち)。長男は勅使河原宏。昭和2年(1927)草月流を創流。前衛華道ブームを起こし、生け花の国際化を推進。生け花のほか、彫刻・絵画・書など幅広く活躍した。→草月会

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

勅使河原蒼風【てしがはらそうふう】

いけばな作家。草月流初世家元。本名【こう】一(こういち)。東京生れ。華道家の父勅使河原和風久次に学び,1927年独立。翌年千疋屋ギャラリーで第1回草月流展を開き,流麗な投げ入れや盛花の自由な造形により注目される。
→関連項目前衛書道草月アートセンター勅使河原宏中川幸夫

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

勅使河原蒼風 てしがはら-そうふう

1900-1979 昭和時代の華道家。
明治33年12月17日生まれ。華道家の父和風から独立して昭和2年草月流を創始。5年「新興いけばな宣言」に参加。戦後「再建の賦」「ひまわり」や「古事記」連作などを発表し,生け花の造形美を追究。また海外普及につくした。36年レジオン-ドヌール勲章。昭和54年9月5日死去。78歳。東京出身。本名は鉀一(こういち)。著作に「花ぬすびと」「花伝書」など。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

てしがはらそうふう【勅使河原蒼風】

1900‐79(明治33‐昭和54)
草月流いけばなの創始者。本名鉀一(こういち)。幼時から父にいけばなを習うが,1927年独立。28年千疋屋ギャラリーで第1回草月流展を開き流麗な抛入(なげいれ),盛花の自由な造形が注目され,急速に草月流の名をひろめた。30年には美術界に起こったアバンギャルド運動の影響を受け,中山文甫重森三玲らと〈新興いけばな宣言〉を発表,従来の床の間のいけばなからの解放,だれにもできる抛入,盛花を主張した。第2次大戦後は,毛糸,針金,ガラスなど日常身辺の素材によるオブジェで草月流を大衆化する一方,枯木,樹根,蔓,石,鉄,陶器などを使ってバロック的なモニュメントを制作し,いけばなを造形芸術としてとらえた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

てしがわらそうふう【勅使河原蒼風】

1900~1979) 生け花の家元。草月流の開祖。東京生まれ。「日本生花学会」を設立した勅使河原和風の子。1927年(昭和2)草月流を創流。造形としての生け花を追求し、生け花の国際化を推進した。 → 草月流

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

勅使河原蒼風
てしがはらそうふう

[生]1900.12.17. 東京
[没]1979.9.5. 東京
生け花作家,草月流創始者,初代家元。本名こう一。 1927年華道師範の父久次に離反して,前衛華道の草月流を創流。以後,伝統を脱した盛花投入式の創作生け花や,金属,枯れ枝,根,着色した花材などによるオブジェで注目を集め,流派を発展させ,生け花の海外進出にも貢献した。 1966年,276流派を集めて日本いけばな芸術協会を設立,初代理事長となったが,1971年辞任。主作品『古事記連作』。長男は映画監督の宏 (1927~2001) で,1980年3世家元を継いだ。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

勅使河原蒼風
てしがわらそうふう
(1900―1979)

本名(こういち)。花道家和風の長男として生まれる。いけ花を学び、のち独立して1927年(昭和2)草月流を創始、以後近代いけ花の確立に大きな足跡を残した。とくに第二次世界大戦後「再建の賦」「望古譜」などの創作活動に始まり「玄華」「虚像」などの名作を発表、さらに「汽関車」「二羽の鳥」「ひまわり」を経て「古事記」連作をはじめとする造形の大作品は国際的な評価を受け、いけ花の芸術性を内外に高めた。61年(昭和36)フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を授与され、翌62年芸術選奨文部大臣賞受賞。[北條明直]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の勅使河原蒼風の言及

【いけばな】より

…明治の修養主義から大正の教養主義の時代へと,いけばなの自由花もまた人間の教義としてのいけばなを問い,その確立を志した。この運動のなかから昭和初年にはより先鋭的に芸術としてのいけばな確立をめざしたのは,重森三玲,勅使河原蒼風,中山文甫たちによる〈新興いけばな宣言〉であったが,昭和10年代からの戦争突入によってこの運動も挫折してしまった。戦後の急激ないけばなの近代化は,勅使河原蒼風,中山文甫,小原豊雲たちによって展開され,使用する素材の領域を拡大して鉄や石や鳥の羽根,貝などの無機物までを含めていけばなの造形活動を行った。…

【草月流】より

勅使河原蒼風(てしがはらそうふう)によって1927年に創流された近代いけばなの流派。現在大手三派と俗称される池坊・小原・草月の三流の一つ。…

※「勅使河原蒼風」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

勅使河原蒼風の関連キーワード勅使河原 蒼風勅使河原 宏勅使河原霞桑原 専渓昭和時代桑原専渓いけ花自由花

勅使河原蒼風の関連情報