最新 心理学事典 「動物実験法」の解説
どうぶつじっけんほう
動物実験法
methods of animal experiment
【モデルとしての動物実験】 心理学において動物実験が一般的に用いられるようになったのは行動主義以降であり,一時期のアメリカの心理学実験室のイメージはずらりと並んだスキナーの問題箱と累積記録器抜きには考えられない。行動主義は心理学の一般理論の構築をめざした。ヒトの行動の多くは学習に依存すると考えられるので,一般理論といっても主として学習の一般理論であった。動物種の選択は生物学的妥当性より,実践的観点からなされた。そのため,すでに実験動物化されていたラット(シロネズミ)が用いられ,やがてハトが多用されるようになった。そして,ある動物モデルで得られた行動の法則性は,他の動物にもヒトにも通用すると考えられた。種を変えた比較研究は実行上かなり煩瑣である。ハトとラットを比較する場合に強化子(たとえば餌)を何にするか,量はどのくらいにするか,食餌制限はどうするか,どのような反応を求めるかが問題となる。これらは物理的に等しいのではなく,心理的に2種間で等価であることが必要である。この問題は経験的に解決していかなくてはならず,多くの時間と労力を要する。そして,心理学の一般理論において種の比較実験の意義は「種を変えても」同じ結果が得られるという理論の頑健性の保証にすぎない。
【比較のための動物実験】 しかし一方において,動物の心理の理解を目的にした動物実験もありえた。つまり,動物たちの主観的世界の研究である。ただ,このような観点での動物研究は行動主義の発展とともにほぼ消滅し,再び動物の意識や主観的経験が研究テーマになるのは行動主義の没落以降になる。しかし,動物行動の研究は行動主義とは独立に生物学の分野で行なわれつづけ,動物行動学ethologyが形成された。そこでは行動の進化が主題とされたが,利用できる化石資料は限られているため,現存動物の比較から行動の進化を再構成する方法が取られた。この方法では近縁種での行動の相似homology研究,系統分岐分析cladistic analysisのための効果的な種の選択が重要となる。
進化を考えるうえで,もう一つの重要な現象は行動の収斂convergenceである。生物学的類縁関係の少ない種が類似した行動を示す場合がある。集団生活をする被捕食者は,捕食者に対して哺乳類でも鳥類でも集団示威行動(モッビング)を示す。これらの行動の収斂が見られる場合には,それらの種に共通する類似した進化の要因(系統発生的随伴性)があったと推定される。
【実験法の種類】 動物行動の研究は大別すると野外研究field studyと実験室研究laboratory studyに分けられる。野外研究は自然状態での観察が基本になるが,観察そのものが行動に影響を与えないように隠れて観察するか,観察に馴化させる。大型類人猿の研究は,文化人類学における先住民族と生活をともにして調査研究を行なう参加型研究に近い。最近の測定機器の発達は,動物に測定器を装着しデータを発信させることも可能になってきた。野外で観察するだけでなく積極的な実験も行なわれる。野外実験field experimentは多くの情報を提供するが,実験変数の厳密な制御は不可能であり,均質な被験体をそろえることも難しい。これに対して実験室での実験は変数の管理という意味では優れているが,実験動物化されていない種では,飼育下において野外と同じ状況を再現することはそれ自体大きな課題である。目的に添った動物を実験動物化することも重要で,近年では繁殖効率のよいマーモセットが霊長類モデル動物となりつつある。
実験においては,実験者が操作する独立変数とその結果として生じる従属変数の関係を求める。動物実験では従属変数として動物の行動を用いるが,その動物がそもそももっている生得的反応を利用する方法,条件づけを用いる方法,そして対話的な方法の3種類がある。
生得的反応innate responseの場合はとくに動物に特定の行動をさせるための訓練をする必要がなく,簡便である。下等動物における走性を用いた実験,探索反応を用いた心理物理学研究などはこれに当たる。また,同じ刺激の繰り返し呈示は馴化を起こすから馴化-脱馴化法を使うこともできる。ただし,いずれも刺激-反応(独立変数-従属変数)の関係はすでに組み込まれたものを用いるので研究者の自由度はかなり制限されたものになる。
条件づけconditioningを用いれば,研究者が利用できる独立変数の数は格段に増える。レスポンデント条件づけの場合,従属変数としての反応はすでに組み込まれたものだが,その無条件刺激-無条件反応の関係に条件刺激を加えることにより,新たな条件刺激-条件反応を形成することができる。レスポンデント条件づけの利点は動物を拘束した状態で行なえる点であるが,一方,反応として用いられるものは選択ではなく連続的な反応量の変化(たとえば唾液の量など)であり,この点では明白な選択を求めることができるオペラント条件づけの方が優れている。オペラント条件づけでは適切な手順を踏めば動物が本来もっていなかった反応を形成することができる(反応形成)。たとえば,刺激が感じられたか,感じられなかったかを二つのレバーの選択によって応答するように訓練することもできる。オペラント実験は,いわば動物に選択肢を選ばせることによって彼らの考えていることを類推しようとするもので,言語報告ができるヒトの実験に比べて不自由なようにも思えるが,選択肢の設定次第でかなり高次な機能も解明できる。なお,条件づけにおける刺激と反応の連合はどんな組み合わせでも可能なわけではなく,一定の制約(たとえば味覚嫌悪学習taste aversion learningでは,味覚刺激と腹痛などの内臓性嫌悪経験が結び付いて学習されるが,視覚刺激・聴覚刺激との連合は学習されない)があり,生態学的制約ecological constraintあるいは生物学的制約biological constraintとよばれる。
対話的な方法communicative methodの典型例はオウムの音声応答を用いた実験で,通常のオペラント条件づけに比べて選択肢の数(オウムの語彙)は圧倒的である。この方法はそれなりに多くの情報を提供するが,動物との対面実験には統制されていない独立変数が紛れ込みやすい。実験者の社会的強化はもちろんのこと,かつて計算をする馬(ハンス)で明らかになったように研究者の微細な反応が弁別刺激となって行動を統制している可能性を排除できない。一時期多く行なわれた大型類人猿の手話実験も,結局この批判に耐えられなかった。
【動物実験の利点と倫理】 動物実験の意義は,もちろんヒトより単純な系であること,侵襲的な実験が可能なこと,生育環境の統制などが可能なことに加えて,遺伝子操作が可能であることが挙げられる。機能的磁気共鳴画像(fMRI)の発展により,侵襲的脳機能研究における動物実験の意義が少なくなったと考えられた時期があったが,今日なお厳密な検証という意味では動物実験に勝るものはない。とくに遺伝子改変実験は代替不可能である。しかし,心理実験の訓練としてとくに重要だと思われる点は,動物研究では曖昧な間主観性に基づく結果の解釈をまったく許さないことである。独立変数,従属変数ともに実験操作によって定義されるものであって,社会構成概念の入り込む余地はない。なお動物実験では,⑴頭数の削減,⑵苦痛の削減,⑶代替可能性の検討という倫理的基準を考慮しなければならない。 →実験法
〔渡辺 茂〕
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