実験法(読み)じっけんほう(その他表記)experimental method

最新 心理学事典 「実験法」の解説

じっけんほう
実験法
experimental method

研究において関心のある因果関係の原因として想定される変数独立変数independent variableとよび,結果として想定される変数を従属変数dependent variableとよぶ。実験法または実験研究experimental studyとは,独立変数を研究者あるいは第三者がなんらかの形で操作する場合の研究法である。一方,独立変数が操作されない研究を観察研究observational studyとよぶ。実験法では,独立変数の二つ以上の値(実験条件統制条件など)の間での従属変数の値の違いを調べるが,この独立変数の値のことを条件や水準とよぶ。心理学研究の研究関心の多くは直接操作ができない,あるいは測定ができない心理的現象であるため,従属変数や独立変数には本来関心のある変数の代理変数proxy variableを利用する場合が多い。たとえば特定の刺激条件の感情喚起への影響を知りたい場合には,従属変数である感情喚起を直接測定することはできないので,行動を観察したり,質問紙に回答してもらうのがこれに当たる。

無作為化randomization】 従属変数にも独立変数にも影響を与える変数を共変量(共変数)covariate(あるいは交絡要因confounder,交絡変数confounding variable,剰余変数extraneous variable)とよぶ。共変量には個体差変数や個体内変動,独立変数として設定した以外の刺激条件や測定方法などの実験条件がある。独立変数が単独で従属変数に与える影響を調べるためには,共変量がこれらの変数に与える影響を除去する必要があるが,独立変数を操作しただけでは影響を除去することはできず,共変量についてなんらかの統制を行なう必要がある。具体的には統計的調整や均衡化などの方法があるが,とくに実験法において利用されるのは実験計画法における無作為化である。無作為化には大別して二つあり,①独立変数の各条件を同一被験者に対して繰り返し与える被験者内計画の場合には,与える条件(具体的には実験刺激など)の提示順序の無作為化を行ない,②条件間で被験者が異なる被験者間計画の場合には,条件の無作為割当random assignment,random allocationを行なう。無作為化を行なうことで,共変量の分布が独立変数のすべての値(すべての条件)で等しくなることが確率論的に期待されるため,共変量が従属変数に与える影響は誤差として無視することができる。このメカニズムについての詳細は「因果分析」の項を参照されたい。

 本来は独立変数から従属変数への因果関係が存在せず,第3の変数が両者の直接の原因となっている場合,この第3の変数は共変量であるため,独立変数の無作為化を行なえば,独立変数から従属変数への影響はないという結論を得ることができる。また,被験者内計画は一般に被験者間計画より少ない被験者数で研究を行なうことが可能であるためよく利用されるが,記憶方略の教示を行なわない統制条件と行なう実験条件の比較をしたい場合など,一度条件を提示してしまうと条件の消去ができないような研究では,誤った結果を与えることがあるので注意が必要である。被験者間計画や被験者内計画などについての詳細は「実験計画法」の項を参照されたい。

【実験法と妥当性】 無作為化を伴う実験法を行なって共変量の独立変数への影響を除去すれば,研究の内的妥当性internal validity,つまりその研究の特定の状況においては従属変数と独立変数の因果関係の確かさの程度を高めることができる。しかし,その研究で得られた知見を,本来関心のある対象全体に一般化することができる程度を示す外的妥当性external validityを向上させるためには,母集団から標本(具体的には被験者や被験体)を無作為に抽出する無作為抽出random samplingが通常は必要である。ただし,低次の知覚処理など,人間すべてで機能が共通する可能性が高いと暗黙に想定されている分野では,外的妥当性はあまり議論されないことが多い。

【生態学的妥当性と盲検法】 心理学研究では環境が統制された実験室実験laboratory experimentだけではなく,教育現場,病院,職場など実際の現象が生起している場所で行なう野外実験,または現場実験field experimentも行なわれるが,この場合には統制できない環境要因が従属変数に与える影響を考慮する必要がある。一方,実験研究ではその研究の設定が,日常の生活環境(生態学的環境)での行動や心理的現象,情報処理などを再現している程度である生態学的妥当性ecological validityについても注意を払う必要がある。具体的には,日常と乖離した環境で実施される実験室実験において,被験者が通常と異なる行動をする可能性については十分注意する必要がある。また,通常と異なる特別な実験条件に割り当てられることで,普段の行動と異なる特別な行動をとってしまうホーソン効果Hawthorne effect,被験者が自分の与えられた条件に対して感じる期待から,本来その条件に割り当てられた場合に得られるのとは異なる効果を得る,いわゆる(広義の)偽薬効果placebo effect,逆に研究者側が被験者の行動に影響を与える実験者効果experimenter effect,とくに実験者が被験者の行動に対して特定の期待を抱き,それを被験者がくみ取ることで,期待に沿うように被験者が行動してしまうピグマリオン効果Pygmalion effectなど,生態学的妥当性を損ねるようなさまざまな効果が生じることが知られている。これらの効果を除去するために,実験の対象者にとって自分が割り当てられている条件がわからないようにする単盲検法single blind test,さらに研究者にとってもどの被験者に各条件を割り当てたかがわからないように第三者が割り当てをして実験を行なう二重盲検法double blind testなどが利用されており,これらを盲検法blind testとよぶ。ただし,被験者が自分の割り当てられた条件をわからないようにするというのは,閾下提示など特別な場合を除けば心理学研究では難しい場合が多い。

【実験法と直接効果,間接効果,総合効果】 心理学研究においては,想定した独立変数が直接従属変数に単独で影響を与えるような単純な因果関係を想定するのではなく,独立変数から影響を受け,従属変数に影響を与える,いわゆる中間変数intervening variableまたは媒介変数mediatorが介在するモデルを利用する場合がある。たとえば,成年での健康関連行動を従属変数とし,児童期の親のしつけ行動を独立変数とするとき,親のしつけ行動は子どもの勤勉性に影響を与えているはずであり,また勤勉性は健康関連行動にも影響を与えていることが知られているため,勤勉性を中間変数と考えることができる。独立変数から媒介変数を介して従属変数に与える影響を間接効果indirect effect,媒介変数を介さずに与える影響を直接効果direct effectとよび,両者を合わせて総合効果total effectとよぶ。独立変数を無作為化することによって共変量の影響を除去することはできるが,媒介変数の影響を除去することはできない。したがって,媒介変数をモデルに組み込まずに独立変数と従属変数の関係を推論する場合には,間接効果と直接効果に分離することはできず,得られた関係が観測されていない媒介変数を通じた間接効果によって説明される可能性があることにも注意する必要がある。 →因果分析 →観察法 →実験計画法 →心理学方法論 →妥当性 →動物実験法
〔星野 崇宏〕

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