改訂新版 世界大百科事典 「医療経済学」の意味・わかりやすい解説
医療経済学 (いりょうけいざいがく)
health economics
保健や医療をめぐる経済問題を分析する接近法は多様であるが,医療経済学という学問が経済学の一応用分野として確立しはじめるのは,1970年代にはいってからである。先駆的研究としては1960年代中ごろに公にされたアメリカのK.J.アローやM.S.フェルドスタインの分析などがあげられる。それ以前にもいくつかの研究が散見されるが,それは,健康や医療行為を労働力を生む人的資源への投資という側面を強調してとらえすぎたきらいがある。70年代にはいって急速に発展してきたこの学問は,発展した資本主義諸国で医療費およびそのための公共的支出が急激に上昇しはじめた時期と軌を一にしている。すなわち医療に要する経済的費用をどのようにしてまかなうか,という問題意識がこの学問を急速に発展させたと考えられる。それとともに,医療費がなぜ上昇するのかを解明する試みも盛んになりつつある。医療費上昇の一因は,これまで経済的負担の大きさゆえに潜在化していた医療需要が公共的支出の増大のゆえに顕在化したことにあることは明らかであるが,他方では,医療提供者(医師,病院など)の側の行動のあり方にも必要以上に医療費を上昇させる要因があるのではないかという疑問が投げかけられている。発展した国々がいずれも高齢化社会となりつつある現在,今後も医療費が着実に上昇することはほぼ確実であり,今後も上記の二つの課題をめぐる研究の一層の発展が望まれている。
執筆者:西村 周三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報