内科学 第10版 「医療面接の技法」の解説
医療面接の技法 (患者へのアプローチの基本)
1)周囲の環境を整える: 病状を含むプライベートな話をするときには,他人に聞かれる心配のない状況を作る.
2)情報が相手に届くように工夫する: 医師の声が小さすぎたり,口調が早すぎたりして,言葉自体が聞き取れずに仕方なく肯いている患者は多い.聞こえにくそうであれば,距離を近づけたり,大きな声でゆっくり話すなどの配慮をすると,患者の信頼や安心感を得ることにもつながる.紙に文字で書いたり,図を描いたりして説明し,その紙も患者に渡すことも効果がある.
3)「物語」の聴き方: 現病歴を,患者が行った対応や感情を含む「物語」として,患者自身に時間経過に沿って語ってもらうには,最初に発症したときの様子を問いかけ,その後は「それでどうなりましたか?」という問いかけを繰り返してみる.
4)患者の気持ちの動きに注目する: 患者の表情の変化や,「辛かった」「大変でした」「心配で」といった感情を表す言葉に注目する.説明の後に「何か質問はありますか」と聞くだけでなく「どのように感じましたか」と感想を聞いてみる.患者が抱く感情の多くは「不安」である.
5)解釈モデルを聴く: 解釈モデル(explanatory model)とは,医療人類学的概念(Kleinmannによる)の1つで,病気の原因や意味や重症度や予後についてもっている判断や信念を指す.患者との間で病状に関する情報交換がひととおり済んで,ある程度の信頼関係ができた時点で問いかける.診療は,医療者と患者の解釈モデルを突きあわせる場ともいえるだろう.解釈モデルを意識させると患者の不安をかきたててしまう場合もあるので注意する.
6)受療行動を聴く: 自分の健康に異常があると思ったときにその人がとる行動を,病気対応行動(illness behavior)や受療行動(health-care seeking behavior)とよぶ.受療行動を知ることで,経過を物語として理解しやすくなり,患者を医療者側が受容し共感しやすくなる.
7)間違いを責めない: 患者の解釈モデルや受療行動が医学的に誤っていても,それを頭ごなしに非難してはならない.患者が悩み苦労したことをまず傾聴し受容した上で誤りを指摘するほうが,患者も医療者を信頼し,医療者の指導や説明を受け入れたり反省したりしやすくなる.
8)身体の症状から心理・社会面も伺う: 身体症状に関連したことを聞きながら,同時に心理的・社会的な情報も把握することができる項目が知られている.病歴聴取と同時に確認しておくと診断の役に立つことが多い.筆者は,これを「面接のバイタルサイン」とよび,時間の限られている外来診療などで簡易型のシステムレビューとして用いている(表1-2-5).多くの患者に質問可能である.
9)社会適応状況の悪化に注目する: 仕事や家事や通学など,普通の社会生活ができているかどうかに注目する.症状とくらべて社会適応の状況が極度に悪化していれば要注意である.そのような患者は,たとえば,不安が強い(例:心気症)とか,周囲の援助が乏しい(例:独居)場合が多い.社会適応状況の悪化は,患者の情報を早急に十分に把握する必要があることを示すサインである.
10)気分を問いかける: 患者が心理的に不安定になっている様子(睡眠障害や食欲不振など)があったら,系統的レビューの1つとして,気分の変化を聞いてみる.頻度が高いのは不安と抑うつ気分である.「気分はいかがですか? いらいらするとか,落ちつかないとか,元気が出ないとか……」などと,具体的に問いかけると,意外に多くの言葉が返ってくることがある.
11)質問する理由を話してプライバシーに配慮する: 既往歴や家族歴,患者プロフィール・社会歴などを問いかける場合には,その情報が必要な理由(例:診断の参考にする,処方する,X線写真を撮る,など)を説明してから質問すると,患者の信頼が得られ,情報も正確になる.また,医療者の守秘義務や「話したくないことは言わなくてもかまいません」と伝えることも効果的である.
12)共感したら相手に伝える: 友人や家族との会話では,相手の話に共感してもそれをはっきり伝える態度を控えることがある.しかし,患者に対しては,明確に態度や言葉で共感を伝えたほうが,コミュニケーションが上手く行くことが多い.
13)沈黙に耐える: 医療面接での沈黙は,大きく2種類に分けられる.1つは,お互いに話すことがなくなったときの,いわば「気まずい沈黙」である.もう1つは,どちらか一方の葛藤が高まり,その葛藤の中で話そうか話すまいか,あるいはどのように話そうかと考えている,「葛藤の中での沈黙」である.医療者と患者の間のコミュニケーションでは,後者の沈黙が特に重要である.患者の中で,何らかの葛藤が高まっていると感じたときには,話題を変えずにしばらくの間沈黙して患者からの言葉を待つことが効果的である.
14)自分の気持ちに目を向ける: コミュニケーションによって医療者の中にさまざまな気持ちが湧き起こってくる.医療者は「どの患者にも平等に対応しなければならない」という意識が強く,自分の気持ちを押え込みすぎて整理できないままになることがある.自分の気持ちの動きを感じ取り,そこから少し離れて,自分と患者の関係を客観的に観察(メタ認知)する.[大滝純司]
■文献
Bowen JL: Educational strategies to promote clinical diagnostic reasoning. NEJM, 355: 2217-2225, 2006.
Cole SA, Bird J 著,飯島克巳,佐々木将人訳:メディカルインタビュー−三つの機能モデルによるアプローチ 第2版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2003.
中川米造:過誤可能性.医学の不確実性,pp30-31, 日本評論社,東京,1996.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報