匿名報道(読み)とくめいほうどう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「匿名報道」の意味・わかりやすい解説

匿名報道
とくめいほうどう

刑事事件などにおいて、容疑者・被告人・被害者やその家族などの実名を報じないこと。広義には、個人を特定できるような写真、映像、住所、年齢、職場、地域、組織名などのほか、団体名や情報提供者名を報道しないことも匿名報道に含む場合がある。対義語実名報道。実名報道をすると、(1)関係者に対する差別風評被害を助長し、人権やプライバシーを侵害するおそれがある、(2)容疑者は有罪が確定するまではすべて無罪推定であるが、犯罪者であるとの印象を与えかねない、(3)犯罪者、とくに20歳未満の少年について、社会的偏見から更生の道を閉ざすことになりかねない、(4)犯罪を個人の問題と印象づけ、個人的興味をあおるおそれがある、などの考えに基づいて、匿名報道がなされている。一方で、(1)真実性や正確性を担保するために必要、(2)公権力や大企業などの弾圧、横暴、犯罪などを監視するために欠かせない、(3)犯罪者に社会的制裁を加える意味がある、(4)国民の知る権利にこたえる必要がある、などの考え方に立脚し、実名報道を行う報道機関も多い。匿名報道主義をとっている報道機関でも、公権力や公人に関しては実名報道にする場合が多い。匿名報道か実名報道かについては、国や報道機関によって対応がまちまちで、人権尊重と報道の自由のどちらを重視するかを判断した結果、ケース・バイ・ケースで対応することも少なくない。

 日本では基本的に実名報道主義がとられてきたが、1958年(昭和33)の小松川高校女子生徒殺害事件で未成年であった犯罪者の実名が報道されたのを機に、最高裁判所と日本新聞協会は少年法第61条に基づき協議を行い、少年に対する実名報道を控えるようになった。1990年代以降は、犯罪被害者の人権を守るため、匿名報道の流れが強まっている。世界的には、言論の自由が強く保障されている英米では実名報道が主流である一方、スウェーデン、韓国などは匿名報道をする報道機関が多い。しかし各国とも、凶悪事件については実名にする傾向が強まるなど、報道機関の姿勢は匿名と実名の間で揺れている。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「匿名報道」の意味・わかりやすい解説

匿名報道
とくめいほうどう

事件や犯罪についての報道を匿名で行なうこと。被疑者および関係者の人権・プライバシーを守るため,無罪推定の法理(有罪が確定するまでは無罪と推定して扱われる,という法理論)に立脚している。スウェーデンでは 1974年,報道倫理綱領を改定して犯罪報道の匿名主義を確立した。それに範をとった共同通信社の記者である浅野健一が日本への導入を提唱し(『犯罪報道の犯罪』1984),実名報道の立場をとる日本の犯罪報道のあり方に一石を投じた。1989年末から報道機関が逮捕された者に原則として「容疑者」という呼称をつけるようになり,それまでの呼び捨て報道をほぼ一斉にとりやめた。その後も報道される側の人権に配慮した措置を求める声は強くあるが,日本では実名報道の立場を堅持している。少年犯罪については,少年法61条により匿名報道が原則となっている。

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