卒都婆流(読み)そとばながし

改訂新版 世界大百科事典 「卒都婆流」の意味・わかりやすい解説

卒都婆流 (そとばながし)

(1)平曲の曲名。平物(ひらもの)。フシ物。鬼界ヶ島に流刑になった平康頼入道と丹波少将成経は,深く信仰していた熊野三山を島の中に勧請(かんじよう)して,参拝を重ねていた。ある日,神前で通夜をして今様を歌ったが,その暁の仮睡の中で,緋の袴をはいて帆舟に乗った女たちが二,三十人浜に上がった夢を見た。女たちは〈よろづの仏の願(がん)よりも 千手の誓ひぞ頼もしき……〉という今様を歌って消え去った(〈中音(ちゆうおん)〉)。康頼は,千手観音の二十八部衆である竜神が女の姿で現れたものと言い,自分たちの祈願が納受されたのだと喜んだ。また別の日の通夜の夢に,風に乗って袂に飛び込んできた木の葉があり,見ると熊野のなぎの葉で,帰京を予言した和歌が記されていた。康頼は,都恋しさのあまり,心情を託した和歌とわが名を記した卒都婆を千本作り,いく日もかけて浜から海へ流したところが,その中の1本が本土の厳島へ漂着した(〈折リ声・初重(しよじゆう)・中音等〉)。そのころ,康頼にゆかりのある僧が厳島に参詣したおりに,宮人らしい男から厳島明神の由来を聞いた。明神は娑伽羅竜王(しやからりゆうおう)の第三の姫宮なので,社殿は海岸に造営され,潮の満ち干にそれぞれの景観をあらわすのだという(〈サシ声・中音〉)。僧は尊く思って読経などしていたが,満ち潮に揺られている卒都婆を見つけて手にしてみると,〈さつまがた沖の小島にわれありと……〉という和歌があったので,都にいる康頼の妻子のもとに持参した。これが後白河法皇の耳にも入り,また清盛の目にとまることとなった。和歌の神である柿本人丸,山辺赤人をはじめ,神々が思いを和歌に託した例が昔からいろいろあるが(〈三重〉),卒都婆の歌も清盛の心を動かしたのである。初重,中音,三重等が聞きどころ。

(2)能の曲名。別称《蘇武》。四番目物。非現行演目。作者不明。クセは世阿弥作か。シテは平康頼入道。丹波少将成経(ワキ)と康頼入道は,熊野三山を鬼界ヶ島に勧請して参詣を怠らない。ある日康頼が言うには,夢の中に気高い女性が大勢現れて今様を歌い,千本の卒都婆を海に流せば帰京の願いがかなうと告げたと話し,それを実行に移す。成経に,そうした前例があるかと問われた康頼は,蘇武の雁書の故事を物語る(〈クリ・サシ・クセ〉)。なお康頼が祝詞を捧げると,熊野権現ツレ)が来現する。さらに雲間から千手観音(ツレ)らが現れて舞を舞い,厳島明神(ツレ)も波の上に姿を見せ,成経,康頼の帰京を約束する。平曲の《卒都婆流》と《蘇武》を合わせて筋を立て,霊験能(れいげんのう)の形式にまとめたもの。もっとも,すでに存在していたサシ・クセに前後を書き足して完曲とした可能性が強い。このサシ・クセは,現在でも独立した謡い物として,闌曲(らんぎよく)(個性的な至妙の技法を味わう曲)に謡われ,流派によって《蘇武》と題する。
蘇武
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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