仏教語で,因果報応ともいう。善悪の原因があれば必ずそれに相応する楽苦の結果のあることをいう。ことばとしては《大唐慈恩寺三蔵法師伝》に見える。仏教の基本的考えである因・縁・果・報の認識をもとに,宗教的達成をめざすための教えであるが,結果的には勧善懲悪的な役割を果たした。早くから,仏教が日本人に教えたことであったが,平安時代初頭の《日本国現報善悪霊異記(日本霊異記)》にはこれが横溢している。この教えのすこぶる普及したことは,多くの因果応報説話によっても知られる。その反面では,現状肯定やあきらめムードをもたらしたことはいなめない。この善因善果,悪因悪果応報の考えを転換させたのが,親鸞の悪人正機説であった。いっぽう,本居宣長が〈人の禍福などの道理にあたらぬ事あるをも,或は因果報応と説き……都合よきやう作りたる物〉(《玉くしげ》)と否定するのは,この教えの影響力の大きさを認めたからであろう。
執筆者:高木 豊
陶潜は,〈飲酒〉詩第二首に,〈善を積めば(善き)報い有りと云ふも,夷叔は西山に在りき。善悪苟(いや)しくも応ぜずんば,何事ぞ空言を立つる〉という。〈積善の家には余慶あり〉と《易経》に言ってあるのに,あの伯夷・叔斉という義人の兄弟は報われることなく西山で餓死した。《易経》の言葉は〈空言〉ではないのか。ここには陶淵明自身の生存の深みから発せられた懐疑があり,それは漢の司馬遷が同じ人について発した〈天道は是か非か〉(《史記》伯夷列伝)という憤りとも深く響き合う。あの《書経》湯誥に揚言する〈天道は善に福(さいわい)し淫に禍(わざわい)す〉というテーゼは,漢代以後その権威を失い始めた。因果応報の天道的理法が,個々の人間の生存と倫理の次元では論理的にも現実的にもその整合性を失わざるをえなかったからである。孔子も天命そのものの解明はしなかったし,人間の生死の問題に深入りすることも避けた。しかし時代の転変とともに,この理法と人間の現実との乖離(かいり)はいよいよ深刻となり,正しき者が衰亡し悪しき者が栄えるという事態に対して,従来の儒教倫理は有効な説明を与えることができなくなった。もはや倫理を超えた異次元の問題を指向しなければならなくなったのである。
仏教はそこに〈業(ごう)〉の理を導入した。業とは本来は単に人間の行為のことであるが,一つの行為は必ず善悪・苦楽の応報をもたらすという因果観と結びつくことで,業は一種のパワーとみなされ,そこから過去・現在・未来の三世にわたる輪廻(りんね)の思想が,しだいに中国人の生死観に定着するようになった。こうして因果応報の観念は,超自然的ないし宗教的な枠組みへと拡大したのであるが,それが民衆教化の便法として〈勧善懲悪〉の教えに通俗化されると,世間法との自然な習合によって再び現世倫理と密着しつつ中国在来の宿命論的天命観と融合していった。民間道教に説かれる因果応報観もほぼこれと対応する。
執筆者:入矢 義高
仏教説話はすべて因果応報の色彩を帯びている。その中でも特に因果応報説話の性格が鮮明なのは,冥界説話,禽獣への転生の因縁を語る説話,現在因現在果の現報説話,の3種である。この3種はいつの時代にも盛んに行われたが,善因善果・悪因悪果を説く基本的モティーフに変化はない。7世紀の唐臨《冥報記》は中国の,9世紀の景戒《日本霊異記》は日本の,因果応報説話の集成の代表的なものであり,それぞれ後代の因果応報説話の形成に大きく影響している。日本ではこの2書に《善悪因果経》を加えた3書の影響のもとに多くの因果応報説話が形成された。仏教説話集はすべて因果応報説話集といえるが,中でも《今昔物語集》巻九,巻二十は,それぞれ中国・日本の因果応報説話の集成として注目すべきものである。また,近世に多く行われた〈鼓吹(くすい)〉〈直談(じきだん)〉などを書名にもつ通俗仏教注釈書は,中世以前の因果応報説話を多く継承している。
→因果
執筆者:出雲路 修
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…仏教の説くこのような因果法則は自然科学的因果法則というよりは,むしろわれわれの行為に関するものである。したがって〈因果応報〉といわれるように,それはわれわれの行為を倫理的に規定する教説である。自己の原因としての業がなんの結果ももたらさないと考え,いかなる道徳的行為をも否定する見解を〈因果撥無の邪見〉とよび,そのような見解をいだく人を,けっして悟りを得る能力のない〈断善根〉の人とよんで強く非難する。…
…行為を意味するサンスクリットのカルマンkarmanの漢訳語。善人も悪人も死んでしまえばみな同じだというのは不公平だという考えをもとに,インドではブラーフマナ文献あたりから因果応報思想が見え始める。それがウパニシャッド文献では,輪廻思想の成立とともに急速に理論化されるにいたった。…
…旧約聖書では律法に対する違犯は律法にもとづいて罰せられるとしたが,新約聖書では,とくに〈最後の審判〉のときに神によって下される永遠の刑罰が重要視された。またインドでは,一般に業(ごう)(行為,カルマン)の理論と因果応報の観念が成立することによって,現世における悪しき行為はそれにふさわしい報い(罰)をうけるという考えが発達し,それが世俗法(《マヌ法典》)と宗教法(仏教の〈律〉)に影響を与えた。仏教においては,姦淫,盗み,殺生(せつしよう)などの罪の種類に応じて教団からの追放,一定期間の懺悔(ざんげ)謹慎,公の場での懺悔告白などの罰則が設けられた。…
※「因果応報」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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