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印譜 インプ

百科事典マイペディアの解説

印譜【いんぷ】

諸家の印章を集めて分類,編纂(へんさん)した本。宋代の《宣和印》が最古といわれるが現存しない。日本では藤原惺窩が慶長年間に作った《皇朝集古印譜》が古く,書画家の印章を個人・流派などに分類したものとしては,《本朝画史》に付属した〈本朝画印〉が古い。

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世界大百科事典 第2版の解説

いんぷ【印譜 Yìn pǔ】

印章を押捺あるいは印刷にして本の体裁にしたもの。印存,印集,印式,印挙などともいう。おおまかに分けると次の3種がある。(1)中国の周・秦以来の古璽印(こじいん)(主に銅製)を収録したものは〈古印譜〉〈古銅印譜〉〈漢銅印譜〉などといい,日本の古印を集めたものは〈倭(やまと)古印譜〉という。(2)近代篆刻(てんこく)家の石刻印を集めたものは,〈近人印譜〉〈名人印譜〉などという。これには作家ごとの専集や,数家の作品を編集したものなど多様な形をとる。

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大辞林 第三版の解説

いんぷ【印譜】

名家の印影を集めて編んだ本。中国宋代以降盛行。「集古印譜」「十鐘山房印挙」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

印譜
いんぷ

中国、宋(そう)代に古銅器や碑刻の文字を研究する学問(金石学)がおこると、漢代の古印の収集研究も盛んとなり、それを集録したものは「印譜」とよばれ尊重された。のちには、明(みん)・清(しん)以後のいわゆる篆刻(てんこく)家の作を集めた譜録もつくられるようになったが、やはり依然として重んぜられている印譜は漢代の印を集めたものである。
 印譜の始まりは、宋の徽宗(きそう)のときの『宣和(せんな)印譜』であるといわれているが、これは今日は伝わらず、明の顧従徳(こじゅうとく)の『集古印譜』(1572)がもっとも古い。しかしこれとても後の複製本がみられるのみで、好事家(こうずか)には珍重されるが、内容は後のものに劣る。清朝になると、金石学の進歩とともに、古印の研究も盛んになり、収蔵家も多くなって、家蔵の精品をすぐった優秀な印譜が多くつくられたが、なかでも量質ともに傑出したものの代表として、陳介祺(ちんかいき)の『十鐘山房印擧(じっしょうさんぼういんきょ)』(1883)の名が高い。
 日本においても、明治末から大正時代にかけて篆刻が盛んになるに伴って、古印の鑑識に優れ、収蔵に富んで、清朝人に劣らぬ印譜をつくった人も現れる。太田夢庵(むあん)の『楓園集古印譜(ふうえんしゅうこいんぷ)』(1929)などはその一つである。彼には古印ならびに印譜研究の著書もある。第二次世界大戦後は研究がさらに進み、いっそう優れた印譜が出ている。
 印譜は、押しにくい古印を一つ一つ手押しするために、製作部数も10部とか20部とか極端に少なく、市場価額は非常に高い。とうてい一般の趣味家などの買えるものではないので、とくに有名なものは印刷複製本がつくられるが、それすら部数が限られ、廉価とはいえない。古印を見ようとするには、普通『書道全集』などに載せられている抜粋によるより仕方がない。[伏見冲敬]
『『書道全集 別巻印譜(中国)・別巻印譜(日本)』(1968・平凡社)』

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世界大百科事典内の印譜の言及

【篆刻】より

… 宋代には金石学が非常に発達し,そのころさかんに出土しだした古銅器とともに古印の研究が始まった。とりわけ徽宗は古印を多く収集し《宣和印譜》4巻(不伝)を作らせたという。このころから単に学問の対象としてのみでなく,印泥をつけて紙に捺した印影を鑑賞する下地が作られたと考えられ,その後続々と集古印譜が登場してくる。…

※「印譜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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