印章を押捺あるいは印刷にして本の体裁にしたもの。印存,印集,印式,印挙などともいう。おおまかに分けると次の3種がある。(1)中国の周・秦以来の古璽印(こじいん)(主に銅製)を収録したものは〈古印譜〉〈古銅印譜〉〈漢銅印譜〉などといい,日本の古印を集めたものは〈倭(やまと)古印譜〉という。(2)近代篆刻(てんこく)家の石刻印を集めたものは,〈近人印譜〉〈名人印譜〉などという。これには作家ごとの専集や,数家の作品を編集したものなど多様な形をとる。(3)古印,近人印を混載したもの。(1)は研究面に,(2)(3)はもっぱら鑑賞面に重点がおかれる。原印に直接印泥をつけて押したものは原鈐本(げんけんぽん),実押本と呼ばれ稀覯本(きこうぼん)として珍重されるが,一般には原印を摹刻(もこく)して実押したもの,木版に彫って刷ったもの,写真印刷したものなどが流布している。
(1)は宋徽宗の宣和(せんな)年間(1119-25)の《宣和印譜》に始まり,その後楊克一《印格》,姜夔(きようき)《集古印譜》などが譜名のみ伝えられる。原鈐本の現存する最古のものは明の隆慶6年(1572)刊の顧従徳の《集古印譜》6巻であり,他に范大澈(はんだいてつ)の《范氏集古印譜》10巻(1600)などがある。清には呉観均の《稽古斎印譜》10巻(1684),汪啓淑の《漢銅印叢》12巻(1752),陳介祺の《十鐘山房印挙》(50巻本1872,191巻本1883)などがある。(2)には明の張灝(ちようこう)の《学山堂印譜》12巻(1631),清には周亮工の《頼古堂印譜》4巻(1667),汪啓淑の《飛鴻堂印譜》50巻(1747)などがある。専集では明の何震の《何雪漁印海》4巻(1621),清の趙之謙の《二金蝶堂印存》8巻(1904),呉昌碩の《缶廬印存》4集16巻(1889-1915)などが有名で,他にも後人の編集した専譜が多数ある。日本では江戸の榊原篁州の《芸窗酔鉄(うんそうすいてつ)》1巻や細井広沢・九皋の《奇勝堂印譜》などがある。(3)では清の汪啓淑の《退斎印類》6巻(1767)などがある。明の顧従徳,清の汪啓淑,陳介祺はそのおびただしい蔵印で中国三大収印家と称された。清朝が滅ぶと膨大な数の古印が日本に流入し,藤井善助(有鄰館)などの有に帰した。印譜はこのように同じ印が人から人に移るにつれて,自己の収蔵を誇示するためにおのおの独自の編集で作られてきた。
執筆者:田上 恵一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国、宋(そう)代に古銅器や碑刻の文字を研究する学問(金石学)がおこると、漢代の古印の収集研究も盛んとなり、それを集録したものは「印譜」とよばれ尊重された。のちには、明(みん)・清(しん)以後のいわゆる篆刻(てんこく)家の作を集めた譜録もつくられるようになったが、やはり依然として重んぜられている印譜は漢代の印を集めたものである。
印譜の始まりは、宋の徽宗(きそう)のときの『宣和(せんな)印譜』であるといわれているが、これは今日は伝わらず、明の顧従徳(こじゅうとく)の『集古印譜』(1572)がもっとも古い。しかしこれとても後の複製本がみられるのみで、好事家(こうずか)には珍重されるが、内容は後のものに劣る。清朝になると、金石学の進歩とともに、古印の研究も盛んになり、収蔵家も多くなって、家蔵の精品をすぐった優秀な印譜が多くつくられたが、なかでも量質ともに傑出したものの代表として、陳介祺(ちんかいき)の『十鐘山房印擧(じっしょうさんぼういんきょ)』(1883)の名が高い。
日本においても、明治末から大正時代にかけて篆刻が盛んになるに伴って、古印の鑑識に優れ、収蔵に富んで、清朝人に劣らぬ印譜をつくった人も現れる。太田夢庵(むあん)の『楓園集古印譜(ふうえんしゅうこいんぷ)』(1929)などはその一つである。彼には古印ならびに印譜研究の著書もある。第二次世界大戦後は研究がさらに進み、いっそう優れた印譜が出ている。
印譜は、押しにくい古印を一つ一つ手押しするために、製作部数も10部とか20部とか極端に少なく、市場価額は非常に高い。とうてい一般の趣味家などの買えるものではないので、とくに有名なものは印刷複製本がつくられるが、それすら部数が限られ、廉価とはいえない。古印を見ようとするには、普通『書道全集』などに載せられている抜粋によるより仕方がない。
[伏見冲敬]
『『書道全集 別巻Ⅰ印譜(中国)・別巻Ⅱ印譜(日本)』(1968・平凡社)』
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 宋代には金石学が非常に発達し,そのころさかんに出土しだした古銅器とともに古印の研究が始まった。とりわけ徽宗は古印を多く収集し《宣和印譜》4巻(不伝)を作らせたという。このころから単に学問の対象としてのみでなく,印泥をつけて紙に捺した印影を鑑賞する下地が作られたと考えられ,その後続々と集古印譜が登場してくる。…
※「印譜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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