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呉昌碩

美術人名辞典の解説

呉昌碩

清末・中国近代の文人画家。浙江省安吉生。名は俊卿、昌碩は字、別字に蒼石、号に苦鉄・大聾。在官十余年で上海に隠棲文芸を学び、詩・書・篆刻に精しく、画は筆力と気格のある個性的画風に達し、清朝最末期の代表的画人となった。また書は周の石鼓文に基づき高古疏落の新様式を樹立一世を風靡した。民国16年(昭和2・1927)歿、84才。

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デジタル大辞泉の解説

ご‐しょうせき〔‐シヤウセキ〕【呉昌碩】

[1844~1927]中国、清末近代の文人画家。安吉(浙江(せっこう)省)の人。名は俊卿(しゅんけい)。昌碩は字(あざな)。号、缶廬(ふろ)・苦鉄など。花卉(かき)画・山水画を得意とし、また篆刻(てんこく)にすぐれた。詩集「缶廬集」など。ウー=チャンシュオ。

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百科事典マイペディアの解説

呉昌碩【ごしょうせき】

中国,清末の画家。浙江省の人。名は俊卿,昌碩は字。缶盧(ふろ),苦鉄,大聾などと号す。初め書を志し,石鼓文に基づいて篆刻(てんこく)を得意とした。画は比較的晩年に始め,八大山人石濤を学んで個性的で雄健な花卉(かき),竹石などを描いた。
→関連項目王一亭

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世界大百科事典 第2版の解説

ごしょうせき【呉昌碩 Wú Chāng shuò】

1844‐1927
中国,近代の画家。名は俊卿,昌碩は字,号は缶廬(ふろ)。浙江省吉安県鄣呉村の人。清末・民国初期の中国画壇における中心的存在。彼の誕生の4年前にアヘン戦争が勃発し,外国の侵略が激化する。また国内では社会経済上に変革が起こって封建社会から半植民地・半封建社会へと移行した大変革期であった。17歳のとき太平天国運動の波が彼の故郷浙江省にも押し寄せた。この時期に弟と妹が相前後して飢饉で死ぬという苦難をなめた。

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大辞林 第三版の解説

ごしょうせき【呉昌碩】

1844~1927) 中国清末・近代の文人画家。浙江省の生まれ。名は俊卿、号は缶廬ふうろ。昌碩は字あざな。篆書てんしよ・篆刻の大家で石鼓文を研究。絵は花卉かき・山水を得意とした。詩集「缶廬集」など。ウー=チャンシュオ。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

呉昌碩
ごしょうせき
Wu Changshuo

[生]道光24 (1844).8.1. 浙江,安吉
[没]1927.11.6. 上海
20世紀前半に活躍した中国の篆刻家,画家,書家。名は俊卿,字は香補,中年以降は昌碩。号は缶廬(ふろ),苦鉄,破荷亭長,大聾。学者の家系に生まれ,10歳の頃には詩作や篆刻を始めていた。若くして科挙に合格して家庭ももちながら,余暇に美術や詩の勉学に励んだ。生涯を通じて篆刻の研究に力を注ぎ,この分野の重要な手引書を多数著した。浙派と晥派(安徽派)に篆刻を学び,代の石刻の影響を受けた。のちに「呉風」と呼ばれる独自の作風は,伝統的な書の技法と,洗練された芸術性と力強さの融合から生まれたものである。書は初めに代の楷書,次に漢代の隷書を修練し,のちには石鼓文をはじめとする大篆(→篆書)を得意とした。絵画を学び始めたのは 30歳を過ぎてからで,書の技法を絵画に応用することを任伯年から勧められたことが契機だった。金石派(→金石学)の巨匠,趙之謙からは金石文の書体の応用法を学んだ。鮮やかな色彩と大胆で簡明な筆致を組み合わせ,明瞭かつ直接的な表現形式を生み出して,伝統的な文人画を斬新で 20世紀にふさわしいものにした。特に花卉画(→花鳥画)で知られる。1882年に家族とともに蘇州に移り住み,著名な書家・学者の楊峴(ようけん)のもとで詩と書の研鑽を積んだ。翌 1883年に任伯年と知り合う。1899年,江蘇省安東県の県令(県の長官)につくが,わずか 1ヵ月で辞任し,作品を売って生計を立てる道を選んだ。60歳代半ばに上海の政界,慈善界,芸術界に影響力のある王一亭と出会い,1909年に王を含む友人とともに初の慈善芸術団体,豫園書画善会(よえんしょがぜんかい)の設立に携わった。1913年に上海に居を落ち着け,西泠印社(せいれいいんしゃ)の建社 10年に際して初代社長に推挙されるなど,多数の地方芸術団体に精力的に参画した。呉の芸術は日本でも高く評価され,作品が広く収集された。著作に,書画集『苦鉄砕金』,『缶廬近墨』,印譜『削觚廬印存(さくころいんそん)』,『缶廬印存』,詩集『缶廬集』などがある。(→中国美術

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉昌碩
ごしょうせき

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