日本大百科全書(ニッポニカ) 「卵料理」の意味・わかりやすい解説
卵料理
たまごりょうり
卵(玉子)をおもに使用した料理をいう。用いる卵は鶏卵がほとんどであるが、アヒル、ウズラなどの卵を用いる料理もある。鳥類以外では、ウミガメの卵も食用とされる。
[河野友美・大滝 緑]
歴史
人類は古くから野生の鳥の卵を捕食していたと考えられる。卵は良質のタンパク源であり、調理しやすいうえに鳥獣を狩るよりも採取が容易であったからである。やがて、野鳥を飼育し家禽(かきん)化することによって、卵の利用は拡大していった。しかし日本では、近世以前には薬餌(やくじ)用としてのほか卵を食用とすることはなかった。奈良時代すでにニワトリは広く飼育されていたが、それは闘鶏や時を告げる鳥としてであり、またニワトリは神使といわれ種々の信仰が付随していることもあって、肉や卵を食べる習慣はなかった。宮中でも、古くから鶏肉や卵を禁食の一つとしていた。
安土(あづち)桃山時代になると、南蛮料理・菓子の渡来に伴い、卵を料理の材料に使うようになった。南蛮料理の特徴は、油脂、獣肉、卵を多用する点にあったが、前二者はともかく、卵だけは日本の料理に抵抗なく取り入れられたのである。カステラやボーロなどは鶏卵を使った南蛮菓子である。カステラは茶会の菓子などにも用いられたが、酒の肴(さかな)にも供されている。
江戸初期には、卵料理として「玉子ふわふわ」「玉子貝焼」「玉子索麺(さくめん/そうめん)」などがあった。それぞれ、かき卵を味つけして蒸したもの、卵を貝殻に入れ焼いたもの、卵黄を砂糖湯に垂らしてそうめん状にした菓子、である。1785年(天明5)には『玉子百珍』という卵専門の料理書が刊行されるほど卵の食用が進んだ。この本には100種余りの調理法を載せている。将軍家の日常の食膳(しょくぜん)にも落玉子(おとしたまご)や、卵焼きに干海苔(ほしのり)を巻いた料理が供されている。江戸後期の『守貞漫稿(もりさだまんこう)』(1853成)には、すしに卵焼きが使われ、卵焼きをのせた握りずしは刺身をのせたすしと同様に価8文、すし飯に海苔を混ぜ、かんぴょうを巻き込んだ卵巻きは価16文ばかりであったと記している。しかし、卵料理が本格的な普及をみたのは明治になってからである。1871、1872年(明治4、5)ごろ、東京・浅草の料理屋会円亭で西洋茶漬と称する和洋折衷料理を出したが、そのなかにオームレット、玉子焼きなどの名がみえる。
[河野友美・大滝 緑]
分類
卵料理は、主材料として卵を用いるばかりでなく、副材料として主要な役割をもたせることも多い。その場合でも、卵の味が料理の主体となるものを卵料理と考えるならば、種類は非常に多くなる。おもなものを形態別に分けてみると、生食、ゆで物、焼き物、いり物、蒸し物、汁物、和(あ)え物、菓子などがあげられる。
生食では生卵、生の加工品ではみそ漬け卵、ピータン、鹹蛋(シエンタン)(アヒルの塩漬け卵。ゆでて用いる)などがあるが、生卵をそのまま食べる習慣は、日本以外では少ないようである。ゆで物では、ゆで卵、半熟卵、温泉卵などがある。温泉卵は、卵黄と卵白のタンパク質凝固温度の差に着目したもので、卵黄はほぼ固まっているのに卵白はわずかに固まりかけた状態にある。条件にあう温度(68℃)の温泉に卵をつけておけばできるため、この名がある。ゆで卵の卵黄をほぐして料理にふりかけたものは、黄色の花を連想させるのでミモザとよばれている。また、紅茶で煮る茶葉蛋(チャーイェタン)、しょうゆで煮る滷蛋(ルータン)、殻を割って湯に落としてゆでるポーチドエッグ、とき卵を湯の中でさっと加熱して簀(す)で巻いて形をつけるしめ卵などもある。焼き物では、代表的なものが油をひいた鍋(なべ)で焼く卵焼きで、厚焼き卵、薄焼き卵、これを細く切った錦糸卵、また、だしを加えて焼きながら巻いていくだし巻き卵、うなぎの蒲(かば)焼きをだし巻き卵の中心部に入れたう巻き(卵)、魚肉のすり身を加え、甘味をつけて厚く焼いた伊達(だて)巻き卵、目玉焼き、オムレツ、カニの身をほぐして加えた芙蓉蟹(フーヨーハイ)(かにたま)などがある。いり物としてはいり卵、卵のそぼろ、スクランブルエッグ、中華いり卵の炒蛋(チャオタン)などがあげられる。蒸し物では、茶碗(ちゃわん)蒸し、中国風茶碗蒸しの蒸蛋(チョンタン)、卵豆腐などがある。汁物ではかき玉汁、月見とよばれる生卵を落とした汁物(たとえば月見うどん)などがある。中国料理では卵のスープなどがあり、かなり広く卵を用いた汁物がつくられている。和え物としては黄身酢和え、ドレッシングに卵黄を多く使うシーザーズサラダなどをあげることができる。
菓子類としては、卵が主体となるものではカスタードプディング、カスタードクリーム、エッグノック、メレンゲ、泡雪かんといったものがある。さらに飯物の卵丼(どんぶり)、親子丼など、非常に多くの種類がある。
[河野友美・大滝 緑]
調理上の注意
卵は、温度により固まり方が異なる。また、調味料の種類により凝固状態が変わることも考慮する必要がある。
卵の調理でもっとも注意が必要なのは、加熱の段階で固まり方が異なることで、卵黄は65℃で粘稠(ねんちゅう)となり、70℃でほぼ凝固するが、卵白は62~65℃で流動性を失い、70℃でほぼ凝固し、80℃で完全に固まる(前述の温泉卵はこの凝固温度のわずかの差を利用したもの)。そこで、半熟にゆで卵を仕上げるのには、加熱の温度と時間が非常にだいじである。オムレツや目玉焼きなどのようなものでも、加熱加減がむずかしい。
とくに茶碗蒸しや、卵豆腐、プディングなどは、加熱条件がかなりむずかしい。温度があがりすぎると、鬆(す)がたって(表面や内部に細かい泡のような穴があいた状態)なめらかにできないので、高温になりすぎないよう注意が必要である。たとえばオーブンでは天板に水を入れて水蒸気の蒸発熱で温度の上昇しすぎるのを防ぐ(プディングの場合)といったことも必要となってくるし、蒸し器では蓋(ふた)をずらして水蒸気の量を調節する必要がある。また、ソフトに仕上げるためには、スクランブルエッグやオムレツは短時間に手早く加熱を終わらせることが必要であるし、目玉焼きのような場合には、ゆっくり時間をかけて加熱することが必要である。なお、一般に、砂糖を加えると、加熱による凝固温度が上昇し、柔らかい状態に仕上がるが、反対に食塩が加わると、凝固温度が下がり、早くぱらぱらした状態に固まる。卵白の泡立てでは鮮度が問題となる。鮮度のよくないものだと、起泡性はよいが、泡の持続力は弱く、ケーキ類などではよく膨張しないといったことがおこりやすい。鮮度のよいものは粘性が高いので起泡には力が必要であるが、泡の弾性は大きい。
卵殻には気孔があるため空気が中に入る。しかし生のものでは外気が入っても卵白に溶菌性酵素のリゾチームが含まれているのですぐには腐敗しないが、いったんゆで卵にすると、リゾチームは熱により活性を失い、腐敗しやすくなる。なお、腐敗した卵が混ざると衛生上危険であるから、何個も卵を使用するときは、1個ずつ小さい容器に割り、卵黄がくずれていないかどうかを確かめてから大きな容器に移すことが必要である。
[河野友美・大滝 緑]
栄養
卵のタンパク質はほぼ完全なタンパク質といってよいアミノ酸配合をしており、タンパク価は100と理想に近いものである。また、各種のビタミン(とくにAやB2)を多く含むこと、鉄分が多いことなどから、栄養的によい食品である。卵のタンパク質は良質なため、他の食品とともにとれば、タンパク質全体の利用効果が上昇し、体内利用が有効に行われるという利点がある。しかし、一方ではコレステロールが多く、脂質異常症の一部の人には摂取制限が必要な場合もある。なお、卵は、アレルギーをおこしやすい食品のうち発症数が多いため、加工食品については、原材料として当食品を含む場合は、その旨を表示することが食品衛生法により2002年(平成14)4月から義務づけられている。
[河野友美・大滝 緑]
調理器具
卵の調理には、独特の調理器具が多い。卵焼き専用の卵焼き鍋、卵白・卵黄を分割する卵黄分割器、泡立て器、適度にゆで卵ができあがるエッグクッカー、あるいは温泉卵をつくるのに適した温度コントロールをしたもの、また、ゆでた卵をきれいに輪切りにすることができる卵切り器などがある。このほか、半熟卵を食べるときに、中身がこぼれないように卵を入れておくエッグスタンドなどもある。
[河野友美・大滝 緑]