アヒル(読み)あひる(その他表記)duck

翻訳|duck

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アヒル」の意味・わかりやすい解説

アヒル
あひる / 鶩
家鴨
duck
[学] Anas platyrhyncha var. domestica

鳥綱カモ目カモ科の鳥。マガモを家畜化したもの。家畜化の時期はニワトリよりも新しく、古代インド、ギリシアおよびエジプトにも家畜化を示す史実はない。中国ではヨーロッパより早く家畜化されたといわれるが、それを証明する考古学上の資料を欠いている。日本では平安時代の『源氏物語』に出ている「かりの子」はアヒルの卵をさすという考えもあるが、アヒルが広く飼われるようになったのは江戸時代で、宮崎安貞(みやざきやすさだ)著『農業全書』(1697)にアヒルの飼育法と年産卵数150~160個が記されている。原生種のマガモの雄の体重は1.6キログラムしかないが、肉用アヒルは4キログラム以上に大形化している。羽色と体形の変異はニワトリほど多種多様ではない。マガモの雄は頭頸(とうけい)部と翼鏡という翼の一部が濃緑色で、頸(くび)の付け根の近くに白輪があり、背と胸が褐色を帯び、ほかは暗灰色である。尾羽のなかで中央の2対は先端が巻き上がり、この特徴は雄アヒルにも残っている。雌は全身が縦縞(たてじま)のあるじみな褐色である。このマガモの野生色を残しているアヒルはルーアンアオクビアイガモで、カーキーキャンベルにもその傾向がみられる。アヒルは用途によって肉用種と卵用種に分けられる。

[西田隆雄]

肉用種

ペキン、ルーアン、エールズベリーがこれに属し、雄の成体重は4キログラムを超える大形種である。ペキンは中国北部でつくりだされた白色種で、ペキンダックとしてイギリス、アメリカで改良された早熟性の肉用種であるが、年150~200個の高産卵能力があり、産卵用としても価値が高く、世界でもっとも多く飼われている。ルーアンはマガモと同じ羽色を残し、北フランスのノルマンディー地方で家畜化された。性質は温順で飼いやすいが晩熟といわれる。エールズベリーはイギリスの同名地方でつくりだされた早肥、早熟性の白色肉用種である。アオクビ(青首)種は日本で古くから飼われているマガモと同じ羽色の肉用種であるが、起源は不明である。関東アヒルはその改良されたものである。大阪アヒルはアオクビと同じ系統であるが、江戸時代に白色に改良され、以後ペキンと交雑され今日に至っている。以上の日本の3種のアヒルは現在ほとんどペキンダックに置き換えられている。

[西田隆雄]

卵用種

インディアンランナーとカーキーキャンベルがこれに属する。インディアンランナーはインド原産といわれるが確かではなく、マレーからイギリスに入り品種として確立した。他の品種の躯幹(くかん)は地面に対し水平に近いが、本種の体形は細身で地面から60~70度の角度でほとんど直立している。羽色には淡黄褐色、白色、および両色の混合したものがある。産卵数は年200~250個である。カーキーキャンベルは19世紀末にイギリスのキャンベル夫人Mrs. Adele Campbellによって、ルーアンの雄とインディアンランナーの雌との雑種にマガモを交配してつくられ、年産卵数約250個の多産種である。雄の羽色はランナーとマガモの中間色で、雌はカーキ色である。

[西田隆雄]

飼育管理

アヒルは粗飼に耐え早肥、早熟性のため、東・東南アジア諸国では川や池を利用し、いろいろな規模で放し飼いあるいは床に広げて平飼いされ、肉、卵の利用も進んでいる。とくに台湾ではバリケン(蕃鴨(ホアンアー))の雄と在来アヒル(菜鴨(ツァイアー))の雌との雑種第一代(土蕃鴨(トゥホアンアー))の利用が盛んで、2006年のアヒルの飼養総数は1191万羽に達している。日本でも1934年(昭和9)には54万羽の最高飼養数を示したが戦後は減少し、現在岩手県と埼玉県を中心に約28万羽飼われている。

 アヒルは就巣性がないので、人工的に孵化(ふか)させる。孵卵日数は約28日である。ニワトリに比して飼育法の近代化は遅れているが、平飼いとケージ飼育法とがある。雛(ひな)はじょうぶで成長が早く、10週齢になると成体に近くなり、しかも雌雄の体重差が少ないのでブロイラーに適している。飼料の利用範囲が広く、放し飼いでは粗飼料だけで育成できるが、普通はニワトリ用配合飼料に青草、野菜、残飯などを加え、練り餌(え)として与える。カーキーキャンベル以外の品種では水場は不可欠なもので、雛には例外なく水を多給しなければならない。肉用としてはペキン、大阪アヒルなどは80日齢で出荷する。アヒルの卵は特有のにおいがあるので、製菓用あるいは鹹蛋(シエンタン)(塩水漬け)、皮蛋(ピータン)として利用される。産卵は夜間から午前7時ごろまで、どこでも産卵するので、産卵が終わったあとに放し飼いする。繁殖用のアヒルは雌4~6羽に対し1羽の雄を配する。

[西田隆雄]

料理

アヒルは、夏季、脂肪がのっておいしいといわれる。フランスや中国ではアヒルを強制肥育したものが料理に使われることも多い。中国料理ではとくにアヒルの料理が多く、カオヤーツ烤鴨子)が有名である。西洋料理ではシチューローストに使われることが多い。加工品では中国に、アヒルを塩漬けにし、板のように平たくして乾燥したバンヤー(板鴨)がある。卵は鶏卵に比べ卵白がねっとりとしている。特有のにおいがあり、そのまま料理に用いることは少ないが、ピータン(皮蛋)、シエンタン(鹹蛋)などに加工して食用とされる。

[河野友美・大滝 緑]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「アヒル」の意味・わかりやすい解説

アヒル (家鴨/鶩)
duck
Anas platyrhynchos var.domesticus

ガンカモ科のマガモを北半球の各地で飼いならした家禽で,中国が最も古く,ヨーロッパでも紀元前後に馴化(じゆんか)されている。祖先種のマガモは候鳥(渡り鳥)で夏はシベリアに渡って繁殖し,一夫一婦性で巣について卵をあたためるが,アヒルは飛翔(ひしよう)力を失い複婚性で就巣性もなくしている。肉用種と卵用種がある。肉用種としてはペキン種Pekin(中国原産,白色,体重3.6~4.1kg。ペキンダック),ルーアン種Rouen(フランス原産,羽色はマガモと同じで雄は頭頸部が青緑色,雌は全身褐色,体重4.1~4.5kg),アオクビ(青首)種(日本在来種,羽色はマガモと同じ,体重3.4~3.7kg),エールズベリー種Aylesbury(イギリス原産,白色,体重4.1~4.5kg)が有名である。卵用種にはカーキーキャンベル種Khaki Campbell(イギリス原産,褐色,年に250~300卵を産む),インディアンランナー種Indian Runner(白色が多い。年に200~250卵を産む)がある。アヒルは水禽であるが陸飼いもできる。雑食性でしかも大食でニワトリの2倍も食べるといわれる。水辺に放飼いして水草や水生動物をあさらせると飼料費を節約できて有利である。ことに水田に放すと雑草や害虫を駆除し,そのうえ糞が肥料となる。中国南部にはこのような養鶩(ようぼく)の形がみられる。体はじょうぶで粗放な管理にも耐えて成育し,また発育が早くて孵化(ふか)後3ヵ月くらいで食用に供される。産卵を一定の場所にする習性がないので採卵用のアヒルは放飼いするわけにはいかない。また就巣性を欠いているので,繁殖する場合には人工孵化をしなければならない。孵化日数は約28日である。タイワンアヒルはバリケンとも呼ばれ南アメリカのノバリケンを家禽化したもので,アヒルとは別種である。体は大きく顔が赤く頭部に赤いこぶがある。台湾ではこの両者の一代雑種をドバン(土蕃)と呼び,早熟で体が強健,肉量・肉味に優れているので肉用に飼育している。ドバンには繁殖力はない。ナキアヒルはアイガモ(合鴨)とも呼ばれアヒルとマガモの雑種である。羽色はマガモと同様であるが体はやや大きく,繁殖力は雌雄ともに正常である。そのほか頭に羽冠のあるカンムリアヒルなどがある。アヒルの肉は各種料理に用いられるが,北京料理の烤鴨子(カオヤーズ)はとくに有名である。強制肥育したペキン種のアヒルの丸焼きで,その皮をネギとみそとともに餅皮に包んで食べる。アヒルの卵は鶏卵より大きく(70~80g),生食するほか加工されてピータン(皮蛋)として利用される。また全身に密生している羽毛は寝具や防寒衣の詰物として優れている。
執筆者:

アヒルは古代にはガチョウにくらべて人間生活にもつ意味がずっと劣り,中世になってからやっと太ったアヒルの肉がガチョウやニワトリなみに食用にされるようになった。アヒルは天気を予言するといわれる。水にしばしばもぐったり,せっせと身づくろいしたり,体に脂をぬったりすると雨になる。北から飛来すると寒くなり,南からやって来るとおだやかな天気になるという。アヒルの池が血に染まったら戦争の起こる前兆である。人間の魂はアヒルの姿をとると信じられ,小人や妖精もアヒルの姿であらわれる。アヒルの心臓は幸運をもたらす。雄のアヒルの尾の巻毛を花嫁の靴の中に入れておくと,夫は亭主関白になれるという。このほか民間医療でアヒルはいろいろ役にたつとされ,例えば腹痛にはアヒルを死ぬまで腹にあてておくとその血が体内の毒を無害にして治すという。アヒルの脂は神経痛,咳止め,カタルに効くし,胆汁は耳の病によいといわれる。
執筆者:


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アヒル」の意味・わかりやすい解説

アヒル
Anas platyrhynchus var. domestica; duck

カモ目カモ科。マガモを原種として家禽化(→家禽)されたカモ。食肉用または採卵用に改良され,羽毛(ダウン)も採取される。前1500年には極東アジアで家禽化されていたと考えられる。タイワンアヒルと呼ばれるバリケンも家禽化されたものだが,原種はノバリケンで,属も異なる。アヒルはヨーロッパでは前400年頃にはギリシアで飼育されていた。日本においては平安時代末期頃に飼育されていたという記録が見られる。品種が非常に多く,公式に認められているものでは 70近くもあるが,代表的な品種として,肉用ではマガモによく似たルーアン種(フランス),白色のペキン種(中国),卵用では赤褐色のカーキーキャンベル種がある。そのほか,在来種との交雑改良種である卵肉兼用種の大阪アヒル種関東アヒル種などがある。マガモと交配させたものをアイガモと呼ぶ。バリケンと交配させたものもいるが,これには繁殖力がない。

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百科事典マイペディア 「アヒル」の意味・わかりやすい解説

アヒル

ガンカモ科の鳥。マガモから人為的に作り出された家禽(かきん)。飛べない。マガモと同じ色彩のものもあるが,白,褐色,カーキ色,白黒のまだら等の種々の品種がある。肉用,採卵用。日本で飼われている主要品種は,青首種,白アヒル,ペキン種,カーキキャンベル等。
→関連項目アイガモ北京ダックマガモ

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栄養・生化学辞典 「アヒル」の解説

アヒル

 [Anas platyrhynchos].食用にはいくつかの品種が知られている.肉,卵を食べる.

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世界大百科事典(旧版)内のアヒルの言及

【ズック】より

…太番手の撚糸(よりいと)を密に織った木綿または麻の平織。ズックという呼称はダックduck(英語)の日本語よみで,語源はオランダ語の,粗い麻織物を意味するdoekに由来するといわれる。近年はナイロン,ビニロンなどの合成繊維も使われる。…

【家禽】より

… (1)キジ科 ニワトリ(セキショクヤケイなどをインドで約5000年前に馴化(じゆんか)),ウズラ(野生のウズラを日本で江戸時代に馴化),シチメンチョウ(ヤセイシチメンチョウを北アメリカで原住民が馴化し,16世紀にヨーロッパへ紹介),ホロホロチョウ(野生のホロホロチョウを西アフリカで馴化)。(2)ガンカモ科 アヒル(マガモを北半球の各地で馴化),ガチョウ(サカツラガンを中国で,ハイイロガンをエジプトで馴化,ヨーロッパで改良),バリケン(ノバリケンをペルーで馴化)。(3)ハト科 イエバト(カワラバトをシリア付近で馴化)。…

【卵】より

…天明(1781‐89)初年,すでに卵焼きの調理法は常識であり,あらためて紹介する必要はなかったものと思われる。【鈴木 晋一】
【卵料理】
 使用されるのは大部分が鶏卵であるが,ウズラやアヒルの卵も使われる。ウズラの卵は小型なので装飾的に用いられ,スープや吸物の実にしたり,そばつゆやこのわたに落としたりする。…

※「アヒル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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