改訂新版 世界大百科事典 「原子力災害補償」の意味・わかりやすい解説
原子力災害補償 (げんしりょくさいがいほしょう)
原子力は,〈第三の火〉として,発電,船舶等の動力用,アイソトープなど多角的利用が可能であるが,原子力には放射能による危険がつきまとうため,その〈発生するかもしれない災害〉に対し,十分な補償制度を設ける必要がある。原子力災害補償は,このような原子力事業の遂行によって生じる損害を補償しようとするものである。原爆被害の経験から,日本では第2次大戦後しばらくの間,原子力の開発研究がほとんどなされていなかったが,アメリカをはじめ諸外国では,実験用原子炉の設置,原子力発電の計画などが着々準備されている実情にかんがみ,1955年原子力基本法が公布された。この原子力基本法の下で,原子力災害については,61年に〈原子力損害の賠償に関する法律〉および〈原子力損害賠償補償契約に関する法律〉が公布された。
(1)原子力損害の賠償に関する法律 本法の特徴は,第1に鉱業法と同様に無過失責任を明文化したことであり,原子力事業者は,原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは,その損害を賠償しなければならない(3条1項)。これは,原子力事故については,故意・過失の立証が困難なこと,危険な事業を行うものは当然その責任を持つべきであるという理由による。第2は,責任の集中が行われていることである。すなわち,原子炉メーカーなどに責任があることが明らかな場合であっても,被害者に対する責任は事業者が負う(4条1項)。これによって第三者である被害者の救済を全うしようとしたものである。第3は,損害賠償措置である。これは,原子力事業者が,1工場もしくは1事業所もしくは1原子力船当り100億円(当初は50億円だった)の損害賠償措置(原子力損害賠償責任保険契約の締結等)をあらかじめ講じておくよう義務づけるものである(7条1項)。第4に,本法は原子力損害賠償に関して国の措置を定めている。つまり,100億円を超える損害が発生した場合に,その超える部分について,政府は事業者に対し,国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において必要な援助を行うとされている(16条1項)。
(2)原子力損害賠償補償契約に関する法律 本法は,損害賠償措置によっては埋めることのできない原子力損害について,政府と原子力事業者との間で締結する契約を定めている(2条)。この契約は,たとえば地震,噴火,正常運転による損害など,責任保険契約ではカバーできない範囲の損害について,政府が補償することを約した政府の補償契約である(3条)。
欧米の制度
これら日本における原子力保険を含む原子力災害補償制度は,諸外国の制度とほぼ同様である。アメリカでは,1957年原子力法の一部改正が行われ(プライス=アンダーソン法といわれる),原子力事業者に対する賠償措置の強制,賠償義務者の責任額の制限を主たる内容とする損害賠償制度が確立した。アメリカの場合は,原子力損害に関する無過失責任,法的責任の集中の制度を採用していないが,責任保険制度と遡及賦課方式の採用により,実質的には,無過失責任,責任の集中と同じ制度となっている。旧西ドイツでは,原子力の平和利用と危険防止に関する法律が1960年から施行され,イギリスでは,原子力施設法が1959年に制定されている。また,フランスでは,65年に原子力事故の特別賠償制度に関する暫定法が制定され,69年に新しい法律が制定されている。ドイツ,イギリスなどのEU加盟国は,1960年パリ条約を採択し,原子力事故に対し同一歩調を採っている。これらヨーロッパ諸国の制度は日本の制度とほとんど同一である。
→原子力発電論争 →原子炉事故
執筆者:木村 実
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報