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又隠 ゆういん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

又隠
ゆういん

京都市上京区所在の裏千家茶室。重要文化財千利休の孫の千宗旦利休聚楽屋敷四畳半を再現したもの。現在の建物は,天明8 (1788) 年の火災で焼失後に再建したものであるが,床の間,道庫,躙口 (にじりぐち) を設け,正面左の壁隅を柳柱とするなど利休流四畳半を今日に伝えている。

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百科事典マイペディアの解説

又隠【ゆういん】

京都市上京区小川通り寺ノ内上ルにある,今日庵とともに裏千家流の中心をなす茶室。1653年千宗旦が利休の四畳半を復元して作ったものとされる。又隠は〈又隠れる〉の意。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆういん【又隠】

今日庵とともに裏千家を代表する茶室。京都上京の裏千家邸内に所在。1653年(承応2)千宗旦隠居屋敷を江岑宗左(こうしんそうざ)に譲って再隠居した。そのとき造立した四畳半が又隠であると伝えられている。葛葺き(かつらぶき)屋根の外観はひなびたたたずまいを示し,内部は躙口(にじりぐち)の正面に床を構え,炉は四畳半切で洞庫(どうこ)(道具畳の勝手付に仕付けられる押入れ式の棚)を備える。窓は二つの下地窓突上窓だけで,精神性の深い空間が形成されている。

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大辞林 第三版の解説

ゆういん【又隠】

裏千家の茶室。千宗旦が隠居に際して造立した四畳半。利休風四畳半茶室の典型とされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

又隠
ゆういん

京都の裏千家にある茶室。1653年(承応2)、宗旦(そうたん)が隠居屋敷を江岑(こうしん)に譲って再隠居する際に造立した四畳半が又隠であるといわれる。天明(てんめい)大火後、1789年(寛政1)に再建された。茅葺入母屋(かやぶきいりもや)造で軒が低く、ひなびた外観を形成し、内部は、躙口(にじりぐち)の正面に床(とこ)を構え、点前座(てまえざ)に洞庫(どうこ)を備える。天井は躙口側半間通りを化粧屋根裏、ほかは網代(あじろ)天井としている。窓は客座側と躙口側に下地(したじ)窓が一窓ずつと突上げ窓があけられているだけで、採光や開放性は極度に抑制されている。亭主の口は茶道口に限定されている。利休の完成した草庵(そうあん)風四畳半を踏襲しながら、点前座の入隅(いりずみ)に楊子柱(ようじばしら)の手法を導入するなど、いっそう佗(わ)びた趣(おもむき)が強調されている。利休流四畳半の典型として、江戸時代に広く流布された。[中村昌生]

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世界大百科事典内の又隠の言及

【裏千家流】より

…千利休を開祖とする茶道の流派の一つ。利休の孫宗旦が不審庵を三男江岑(こうしん)宗左に譲り,北の隣接地に今日庵,寒雲亭さらに又隠(ゆういん)を建てて移り住み,それが末子仙叟に譲られたことにより裏千家が成立。現在の15世に至るまで,代々宗室を名のっている。…

※「又隠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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